第2話 戦闘訓練

 午前10時、第一訓練所にて訓練が始まった。内容は簡単で組手、射撃訓練、その後野外訓練場に移動後、応用訓練に移るというもの。リクはユーリと組み、組手の練習をしていた。ユーリが仕掛けようとするとそれをリクが払い除け、ユーリの足に足を掛ける。転倒しそうにったところをユーリが上手く受け身を取る。その後リク顔を目掛けて一直線に殴りかけるようなフリをかけて、左手でリクの横腹を殴ろうとする、しかしリクがそれを後ろに避けてユーリの攻撃は空振りになる。ユーリの隙を見逃す筈もなく、すかさずリクが間合いを詰めてユーリを押し倒し、上に乗った。


「完敗です」


 ユーリがそう言うとリクは満足そうに離れる。ユーリが悔しそうに口を歪めた。


「先輩ってやっぱり強いですよね」

「まあ、それなりには。ユーリくんはまだまだ新兵の方なので、それぐらいで十分ですよ。むしろ、強い方だと思いますけどね。」

「先輩は余裕があっていいですね」


 ユーリがそう言った途端リクが少し悲しそうな顔をした気がしたが、彼は笑っていた為ユーリがそれを気にすることは無かった。


「これでも俺は一生懸命にやってるつもりですけどね」


 リクはそう言った後「早く射撃訓練をしましょう」と言い、駆けて言った。射撃演習場に着くと、リクはユーリに拳銃を手渡して的にむけて一発撃つ。若干右足を後ろに下げ、体重の重心は前へ、肘は伸ばしきらず少し曲げて。パンッと耳を刺す音が響いて、人型を模った的の頭は綺麗に急所に当たっていた。ユーリはやっぱり先輩には敵わないと、自分の的にむけて一発撃つ。彼の的に当たった弾は人間の急所を撃ち抜くことはなく、少しズレた場所に跡をつけていた。


「上手くなったのではないですか?」


 リクが急に話しかけてきて、ユーリはビクリと肩を揺らす。リクはクスクスと笑う。だからユーリは「驚かさないで下さいよ!」と言ってやった。リクという男はその丁寧な喋り方とは相まって、感覚派の男であった。こうやって、あーやってと説明があまりにも下手であり、それを助長するかにようにリクは何もかも見て覚えるタイプなのである。つまり、教官には向かない男なのであって。昔、リクには教官になる話がおりていたらしいが、同僚たちが全力で止め、本人の耳に留まる事なくこの話は終わったのだ。つまり、ユーリはどんなに上手くなりたくてもこの男がペアの相手である限り、教えを乞うことが出来ないのだった。


「まあまあですよ。頑張ってるのに。」

「そんなこと言わないで下さいって。皆んな出来る様になりますから。時間かけてやってた人が上手いのは当然ですって。あ、俺が教えましょうか?」

「いや、いいです。大丈夫、、。」

「そうですか。残念ですね。」


 こんなに丁寧な男が何故軍部に入ることとなったのか、ユーリには謎であった。勉学が出来る者なら、文官寄りの職にも就けただろうに。実際自分の士官学校時の同僚にも文官系の職に就いた者もいるのだ。しかし、そもそも少しでも教えを乞うとする勇気さえ無いユーリが、そんな不躾なな事を聞くことが出来るわけもなく。ユーリはやはり頭の中から一つの疑問を追い出すように一発また銃を撃つのだった。


⚪︎


 午前11時30分、野外訓練場にて野外演習開始。計50組に分かれて戦闘訓練を行う。訓練服にペイント弾、またはナイフペイントが付着したら離脱となる。息が切れる。ユーリの目の前いる男は疲れを知らないのだろうか、もう彼は幾人もの人を離脱させていた。木の裏、草むら、岩の陰に潜んでは銃を撃って彼は敵を離脱させていく。俺が手を出すような事を許さぬかの様に、確実に葬っていくのだ。暫くして彼が離脱させた人数が80を超えた頃だったか。一人の敵が奇襲をかけてリクの銃を弾き飛ばした。リクはすぐさまナイフを取り出し敵を殲滅する。ユーリも何とか応戦しようと銃を撃つ。敵は一塊になって襲い掛かって来るものの、リクの前ではそんな戦略は役に立たないも同然で。スピーカーから流れる訓練終了の放送で、ユーリは自分達以外が全員離脱した事を知ったのだった。


⚪︎


 午後12時30分、食堂にて。


「疲れましたね。」


 リクが笑いながらそう言った。ユーリは明日は筋肉痛でしょうね、なんて返そうかと思ったがやめる。だって、目の前のまだまだ余裕そうな男が一人いるのだから。


「疲れましたよ。先輩のペアになった俺はいつも疲れるんです!」

 振り回されるし!とユーリは付け足す。リクは困った様に苦笑いする。

「すみません。でも、疲れるから良いと思うんですけどね。」

「そういうもんですか?」

「多分そういうものです。」


 リクはケラケラと笑ってそう言った。ユーリは彼のそんな笑い方は珍しいと、じっと見つめてしまう。「なんか付いてます?」とリクの言われて、ユーリはハッとしたかの様に目を逸らした。リクは昼食のピザを美味しそうに食べている。ユーリは自分のミートスパゲッティを一口頬張る。


「そういえば、図書室に新しい本が来たらしいですよ。」

「へぇ、余裕あるんですかね。」


 ユーリの言葉にリクがそう反応する。


「そんな訳ないじゃないですか。年中ウチの軍はカツカツですよ。」

「じゃあ、どうしてなんですか?」

「なんか、いっぱいリクエストがあった本だけ買ったみたいです。同僚が言ってました。」

「ふーん、そうなんですか。ユーリくんは本読みますか?」

「俺はあんまりですかね」


 ユーリはそう言って頰を掻く。


「俺は読みますけどね。ファンタジー系とかそういうのなら。」

「意外です。応急処置の本とか歴史系とか、あと銃ですかね?そっちの系統の本を読んでるかと思ったんですけど。先輩強いので」


「いや、そこまで読んでませんけどね。ほんとに休日の少しだけなんです。一年かけて10冊読むくらいですかね。仕事がある日は殆どぐっすりなので。」


 リクはそう言って立ち上がる。彼のピザはもう無くなっていた。


「それじゃあユーリくん、さようなら」

「あっ、はい。さようなら。」


 リクは食器を下げると食堂を後にした。


⚪︎


 狭い個室の中、リクは書類を進めていた。一応戦闘員ではあるものの、書類は存在しており、体を動かすのが意外と好きなリクにとっては辛い時間となるのだ。かつては集団部屋に住んでいたリクだったが、あまりにも物が捨てられない性格で同室の者から多々苦情がきて、部屋を移されたがそこでも変わらず苦情が出されそれを繰り返してから、彼にはこの狭い個室が与えられたのだった。しかし、これでもかというくらい物を捨てられない為、リクの部屋お片付け会という謎の会が度々開かれているのだった。カリカリと万年筆で書類を作成していく。最近は皆んなパソコンで作ってプリントアウトし提出しているのに対し、リクは機械を扱うのが下手な為手書きで行なっているのだった。リクがアナログ人間だと知ったら、ユーリくんはどんな反応をするのだろうか。クスリと笑いを溢してしまう。書類の仕事を終わらせたら午後7時30分頃。リクは夕飯を食べる為に食堂へ向かった。食堂は騒がしく、ユーリくんを見つけることが出来なかった。リクは炒飯を頼むとチビチビと食べ続ける。最近やたらにユーリくんと会うからだろうか、リクはこの一人の時間を少し寂しく思うのだった。食べ終わった後は静かに食堂を出て、シャワーを浴びて、夜の散歩に出掛けて、その後部屋に帰りベッドに潜り込んだのだった。もちろん目覚まし時計の時刻はいつもと同じに。

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