ゲット•アンド•ロスト
too*ri
第1話 日常は変わらず
けたましい音を立てて、目覚まし時計は時を知らせた。空はまだ薄暗く、街の騒がしさも鳴りを潜める。音を響かせる目覚まし時計を叩いて止めると、リクはベッドの上をモゾモゾと動き回り、少しばかりすると靴を履いて立ち上がる。
「うわ、ねっむ」
リクはそう声を漏らすが、狭い個室に落とされたその声を拾う者は誰もいない。リクは壁にかかっていた着古した黒い軍服に袖を通す。そろそろ新調時期が来るななんて思いながら、リクはこれもまた履き古したブーツを履き、軍帽を深く被る。昨日はシャワーを浴びることなく、酒を飲んでそのまま寝たからか寝癖は手櫛で直った。姿見を覗き込みネクタイがおかしくないか見た後、くるりと一回り、後ろもおかしくないことを確認し、小さな声で「行ってきます」と呟いて、狭い個室のドアを開けた。
コツコツとリクの歩く音が静かな廊下に響く。談話室に行き、パンを一枚焼くと口に咥えたまま街へと降りていく。もちろん、途中で外出届も出してね。朝の街は店が開店準備をしている。小鳥が囀る。
「あら、リクくんじゃない」
パン屋のおばちゃんが開店準備をする手を止めてニコニコしながら手を振った。だからリクも振り返した。
「おはようございます。ナールさん。」
「リクくんは見回りかしら?いつも朝早くからお疲れ様」
「いえ、これが仕事なんで。それにナールさんも朝早くから開店準備してるじゃないですか。」
「これはもう何年もやってるから、慣れちゃってるわよ」
ナールはそう言ってケラケラと笑った。もう60を過ぎたのだったか。リクはそう思いながら彼女を見る。
「そうだ、最近新しいパンを作ってみたのよ。リクくん、ちょっと試食してみてくれない?」
「え、いいんですか?」
「もちろんよ。リクくんはちっちゃい頃から見ているからね、自分の子供みたいなのよ。だから貰っていってくれない?」
「そうなんですか。それでは有り難く。」
ナールはパン屋の中に入り、暫くすると美味しそうなパンを持って出てきた。彼女はリクにそれを渡すと「頑張って!」とガッツポーズを取り笑った。リクはペコリとお辞儀をすると、また見回りへと戻った。
ドンッと自分の足に何かがぶつかった気がして、そちらの方を見ると小さな金髪の幼子が尻もちをついていた。彼女の目にはウルウルと涙が溢れそうで。目が合ったその子はリクを見て、もっと泣きそうになる。彼女の着ている白いフワフワなワンピースが汚れてしまう事を恐れたリクは、彼女に目線を合わせるようしゃがむ。彼女は泣くのを堪えている様子でリクは、どうにかしなければと口を開いたのだった。
「君、大丈夫です?立てますか?」
その子は首を傾げてリクを見る。リクは彼女の手を取ると持ち上げて立たせた。辺りは少しずつ明るくなっている。反射的に周りを見渡し彼女の親らしき人を探すが、そのような人物は周りにはいない。リクは困って眉をへにゃりと下げて苦笑いする。見回りという仕事だから迷子の対応には慣れているものの、リクは子供が大の苦手だった。何を考えているかわからないし、破天荒な行動をする小さな人間をどうすればいいか、いかせん分かっていないのだ。とにかく入軍時に教わったマニュアル通りにリクは物事を進めていく。周りの確認、本部への連絡、迷子の不安軽減、リクは教わった通り一から順へ進めていく。その間もその子は泣きそうで仕方が無かったし、不安軽減はリクにとって苦手な事であった。リクはまた苦笑いし頬掻く。リクは目に留まったお店を指差す。
「こちらを見てください。アソコにエプロンつけたおじいさんがいるでしょう?あの人はカロンさんっていって時計屋の方なんです。とても腕が良くて街で評判のお店ですよ。彼の人柄も良くてですね、近所の子供たちが良く遊びに来るんです。」
彼女はリクの話を聞いているみたいだ。リクは続ける。
「彼方の方を見てください。綺麗な女性がいるでしょう?彼女はキャロルと言って街一番の美女なんですよ。彼女の料理は美味しいと有名で、街の外からもお客さんが来るそうですよ。」
リクはそんな話を幾つもして、彼女の気を逸らそうとする。始めは涙目だった彼女も、少しずつリクの話を静かに聞いていた。
「(やっと見つけたわ!心配していたのよ。)」
高い声が聞こえてリクは其方を見た。金髪で細身の茶色いコートを着た女性が叫んでいる。隣にいた小さな彼女は女性を見て満面の笑みを見せて叫ぶ。
「(お母さん!)」
彼女は女性を見て駆け寄っていく。その子は母親であろう人に飛びついた。
それから暫く抱き合ってさあ帰ろうと思い、リクはくるりと背を向ける。歩き出そうとした途端、軍服の端を引っ張られ振り向く。そこには小さな女の子がちょこんといた。
「(お兄ちゃん!助けてくれてありがとう!)」
そこには太陽みたいに笑う顔があった。リクはその子の頭を撫でてこう言った。
「もうお母さんとはぐれちゃダメですからね。」
彼女は手を振って母親の元へと駆けていく。その後、またもう一回リクに向かって手を振った。リクは今度こそと背を向け、本部へ連絡を入れたのだった。
リクが軍部に戻った頃には、辺りはすっかり明るくなっていた。食堂に行くとそこは賑わいを見せていて。壁時計の長い針は7時を指していた。リクはコーヒーを入れてもらい席を探していると、手を振る者の姿が。リクが其方へ向かうと、顔馴染みの後輩がそこにいたのだ。
「リク先輩、おはようございます。」
「おはようございます。ユーリくん。」
「先輩ったらまたそうやって呼ぶんですか?実際はユリアスって名前なんですけど!」
「だめです?」
「だめじゃないけど!!!」
ユーリは悶えるように動き唸る。それが少し面白くてリクは笑ってしまった。
「ああそういえば、今日の訓練も俺と先輩が組むらしいですよ。連絡掲示板に貼ってありました。」
ユーリは朝食を食べながらそう言った。リクはコーヒーを一口飲んだあと、苦笑いして言った。
「どうしてユーリくんと俺はいつも同じなんでしょうね。」
「知りませんよ。お偉いさんが勝手に決めてるんでしょ。」
「そういうもんです?」
「そーいうもんですよ。てか先輩、そのパン何ですか?」
ユーリはそう言って、リクのパンを指差す。
「これ?朝の見回りの時にナールさんに会って、新しいパンの試食を貰ったんですよ。」
「えー、ズルくないですか!俺も食べたい!」
「一つだけなら構わないですけど、ちゃんと感想ナールさんに教えて下さいよ。」
「分かってますって!」
ユーリはそう言って、大きな口を開いてパンを食べる。美味しそうにパンを食べる彼にリクは少し微笑むと、席を立って食堂を後にした。
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