トリを観測する人々

長月瓦礫

浅羽晋太郎の場合

「ちょっと、どうして黙っているのよ。

こうして話しかけてくれているのに」


「そりゃ、鳥に話しかけられても困るしな。

服や飾りが汚れるから降りてくれないか」


お雛様がしつこく話しかけると、お内裏様は面倒くさそうに口を開く。


「もう、せっかくいらしてくれたのに。その言い方はないんじゃない?」


「そうやって細かい飾りを持っていくつもりなんだろう。

人間がどれだけ頑張ったとて、こうやって侵入されるんだからやってられん」


「いえ、トリはそういうのを尊重できるトリなので大丈夫です」


「ほら、優しい鳥さんじゃないの」


「三歩も歩けば忘れるんだろう、どうせ」


「一歩も歩けない私たちに比べたらマシでしょうよ、ねえ?」


雛人形がスズメのような茶色の小鳥を巻き込んで、不毛な会話を繰り広げている。

周りの人形は呆れかえり、不快そうな表情で黙りこくっている。


俺は何を見せられているのだろうか。

近所の神社でやっている雛祭り、気分転換に散歩をしに来ただけなのに。


「どうも、トリはトリです。今日は暖かいですねえ」


小鳥がこちらに飛んできたので、思わず手を出してしまった。


「そうだな。雛人形同士の喧嘩を見ることになるとは思わなかったが」


「みたいですねえ、残念ながら」


雛人形が喧嘩するのも鳥が話しかけてくるのも、浅羽にとっては日常茶飯事だ。

彼は原因不明の幻覚症状があり、人には見えない物が見える。彼らは浅羽にとって不都合なことしか言わない。


どこに行っても治らなかった。誰にも治せなかった。

彼は見る物をすべて絵に描いたが、褒められるばかりで進展しない。

そんなことを続けているうちに、絵画コンクールで金賞をとってしまった。


全然嬉しくなかったが、天才と言われてしまえばそれまでだ。

すべてを諦め、今も自分の世界を描き続けている。


「学生さん、どうにかしてやってくれませんか。

さすがに不毛すぎるし、可哀想だし、見てられませんよ」


この鳥は浅羽を認識し、助けを求めている。

いつもの幻でないなら、この鳥は実在し、人間のように喋っている。


「……幻覚じゃないのか?

そうなると、話がだいぶ変わってくるんだが」


情けない声を上げるトリを無視して、浅羽は手のひらで何度も握りつぶした。

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