第48話
町田について、緩い坂を上る。
そうして以前に来た白い外壁の一軒家にたどり着いた。
一度来たところは、うろ覚えでも案外直感と体が覚えているものだ。地図もなしに、迷わず玄関先まで行けた。
インターホンを鳴らすと由香がでてくる。顔色は悪く、やっぱりやつれていた。
そういう玲奈も人から見れば、顔色が悪いと言われるのだが。
あがってください、と言われたので靴を脱ぐ。靴を揃えてスリッパをはくと、由香はスライド式のドアを開けた。リビングにとおされる。
「適当に腰を掛けて下さい」
言われた通り、以前腰を掛けたところに座った。
しばらく沈黙が続いた。お茶を淹れている後ろ姿は、前に来た時より痩せて見える。
ただでさえ細かった体がさらに細くなって、なんだかふらついているようにも思える。
「体調がよくなさそうですが大丈夫ですか」
そう訊ねた。
「ええ。大丈夫です。太一がいなくなった精神的なものと、食欲がないだけですから」
「警察の捜索は」
「もう打ち切る、と言われました」
だから余計、食欲がなくなるのだ。
「……心中、お察し申し上げます」
半分は嘘で半分は本当だった。これは、警察がかかわる案件ではないのだ。
お茶を差し出される。
「他にお構いもできませんが」
「いえ。結構です。ですが、その状態で事実をお話してもよいものかどうか」
「話してください。オカルトだろうが何だろうが太一の居所がわかれば聞きます」
「申し訳ございません、居所までは分からないのですが」
そうして『深淵ちゃんねる』のことをまず話し、葉子の時と同じ説明を繰り返した。
「オカルト動画と関係が? 警察は関係ないとパソコンもろくに見ていないのに」
「はい。警察は動かない案件だと思います。そして、私も行方不明になる可能性のある、条件通りにやってみました。そうして――」
起動していないパソコンとスマホに出てきた画面のことを話す。
由香は口元に手を押さえて聞いている。
「それで――」
デジタルカメラの、録画を見せる。
「なにこれ……なにこれ!」
あまりの不気味さに、由香は感情を抑えきれないといった様子で叫んでいた。
「非科学的ですが、私の経験した怪奇現象です」
「これ、本当なの? あなたが作ったわけじゃないのよね?」
玲奈は首を縦に振った。
「信じて下さい。私が作ったわけではありません。条件通りに動いたらこうなりました」
「電源を入れていない、コードも抜いたパソコンにこの気持ち悪い人形とメロディーが?」
「はい、一度目も二度目も、夜中の二時過ぎでした。スマホにもメロディーが」
ふう、と吐息が聞こえる。
「スマホにも? あなたも怖かったでしょう。こんなものが出てきたら」
「本当に、怖かったです。でも、手がかりを少しでもつかみたくて」
「太一もこのような画像を見たということですね?」
「直接太一君のパソコンやスマホを見たわけではないので、断言はできませんが、その可能性は高いです。『深淵ちゃんねる』は危険な動画です。そのようなコメントもあったらしいですし、私もそう思います。どういう裏があるのかまでは掴めていないのですが」
由香は髪をかき上げ、憔悴した様子で頷く。
「充分です。わかりました。その動画、私は見ていないので、あとで主人と見てみます」
見ても大丈夫だろうか。わかりかねた。
だが、親として、太一の居場所や真相を探りたいのも本当だろう。見るだけなら問題はなかった。事実見てもなんともなかった人が大勢いる。
「見るだけにとどめておいてください。コメントは絶対にしないでください」
「わかりました。でも十代から三十代の子が批判コメントをすると連れ去られる可能性が高いのですよね? あなたは……あなたは大丈夫なんですか。一度目の動画が
『連れて行く』で、二度目の動画が『そろそろ』なんですよね?」
「ええ。私もどうなるのかわかりませんが……」
由香は両頬をさすった。
「どうか、危ないことはしないでください」
葉子と同じようなことを言ってくれる。母親というのはこういうものなのだろうか。いや、母親だけでなく父親も。
生活上、何の関係のない他人でも気にしてくれるものなのだろうか。
一部、例外もいるけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます