第47話

葉子は姿勢を正した。


玲奈は、『深淵ちゃんねる』の大まかな世界観を説明し、それを見た後で行方不明になる条件を説明する。


そして、玲奈自身が経験したことも話した。


「その『深淵ちゃんねる』にはなにがあるのですか」


「わかりません。ただ、繰り返しこちらを見ていると強調しています。そして本当に見ているのかもしれません。私のところにも、監視がついているような気配がビンビンしています」


目がある、という表現は使わなかった。それでいたずらに怖がらせても意味のないことだからだ。


「ですがかなえの行方不明と『深淵ちゃんねる』は無関係ではないのですね?」


「はい。その可能性は非常に高いです。ですが、かなえさんがどこに行ったかもわかりませんし、探し方も分かりません。ただ、これを見て下さい」


ようやく録画したデジタルカメラを見せる。


「ひっ」と声が聞こえて、葉子はデジタルカメラを落としてしまった。


慌てて拾う。画面が割れたら大変だからだ。見ると、カメラは無事だった。


「これは何なの?」


「先ほど言った条件。十代から三十の人がデスクトップパソコンのある部屋に一人でいて、『深淵ちゃんねる』を見て批判的なことを書き込む。すると今のような画面がタイミングを見計らったように出てくるのだと思います。私もそうでした」


「落としてごめんなさい。もう一度見せて下さい」


言われて、デジタルカメラを見せる。今度は落ち着いた状態で見ていた。


「これ、本当に誰かが見て、こんなことをしているのかしら」


「多分。誰かまでは掴めませんが、私たちを見ている何者かが、この世界で実体を伴わずにいるのかもしれません。そして、私がこの画面を見るのは二度目です。一度目は……」


一度目に映されていた画面とテロップをそのまま話す。スマホで録画しようとして、スマホも操作ができなくなり、同じような映像が流れたことも。


「じゃあ、あなたも相当に危険なんじゃないの」


ものすごく心配されている。それを感じた。


「はい。かなえさんと同じ道をたどるかもしれません」


「何者かがあなたを連れ去るということ? それも、この日本にいる人間じゃなくて

『深淵ちゃんねる』の中の誰かが?」


葉子の顔がゆがんでいく。


「……多分」


「『深淵ちゃんねる』の世界は本当にあるの?」


「それはまだ、確認できていません。ただ『深淵ちゃんねる』とかかわって連れ去られるのは高確率で事実です。もちろんオカルトの話ですから、科学的根拠など何もありませんけれど」


「もう嫌。やめて。やめてちょうだい」


葉子は崩れ落ちた。


「すみません、こんな話をして。かなえさんのことも探し出せずに申し訳――」


「違うの。心配なのはあなたよ。あなたもかなえと同じになるの? 行方不明に? なんでそんな危険なことをするの。危険なことはやめてちょうだい。かなえのことも心配だけれど、あなたとはもともと関係ないのだから」


葉子は泣き始めてしまった。ああ、こんなマイナー編集部のアカの他人でも、玲奈のことを心配してくれているのだ。そう思うと、内心嬉しくなった。 


「お気遣いとご心配、どうもありがとうございます。私もこれからどうなるのかわかりません。でも、かなえさんのこと、少しは知ることができたかと思います」


葉子は立ち上がり、近くにあったティッシュで涙を拭いていた。


「ごめんなさい。取り乱して。あなたも人の子なんだから、どうか危ないことはしないでください。親を心配させてはだめよ。いくらお仕事とはいえ」


言われてはっとする。自分がもし行方不明になったら、親はどれだけ悲しむのかを全く考えていなかった。


怖くなって電話をしたあの時は、まさか自分がかなえや平助や太一と同じ道を歩むことになるとは思っていなかった。


行方不明になったあとの、竜也の心情は察せる。でも、コメントを書き込んだ時、親のことを全く考えていなかった。


親も葉子や由香のように憔悴し、黙っていられなくなるだろう。


どうしよう。編集部の誰かが言っていたが、乗った船からはもう降りられない。


親のことを考えると、心が一気に鈍色を通り越して真っ暗になった。


「でも、これが本当なら、かなえをどうやって探したらいいの。警察に見せても科学的根拠、物的根拠がないから動かないでしょうし。この動画だって誰かが作った嘘、と警察が断定してしまえばもうそこで行き詰まります」


「そうですね。そこまでは、申し訳ありません。これ以上のことは私にもなにもできなくて」


「しなくていいわ。あなたは。もう、なにもしないでちょうだい」


「…………」


この人も、自分の親のように玲奈を気遣ってくれている。感謝の言葉しか出てこない。


「ありがとうございます」


「ここまででいいわ。私はあなたが心配なの。ここまでで、あとはかなえを待つか、専門家に相談するかわからないけれど……とにかくここからは、私と主人で何とか頑張ってみます。録画したデジカメは、コピーさせて頂けますか」


「構いません」


言うと、いくつかのSDカードを持って来て、葉子は二枚、コピーした。


そうして、深々と頭を下げる。


「ここまで、本当にありがとうございました。オカルトでも、かなえの行方について一歩前進したと思います。とにかく原因が少し掴めました。あなたもどうか気を付けて下さい」


「こちらこそあまりお役に立てず、すみません」


すると背中をバシッと叩かれた。


「役に立ってるわよ。大いに。そしてもう危険なことはしないと約束して」


もう既に危機は目の前にあるのだが、玲奈は頷き、葉子と握手を交わした。


外に出ると、雨が降っていた。傘をさす。天気が悪いと恵みの雨とはいえ、心が暗くなる。


寒いし。そうして、平助の実家より先に、太一の実家に行こうと思った。


平助の親はろくでもないから、話にならない。あの親はなにをしでかすかわからない。


デジタルカメラも壊されたらたまらない。近くにある家電量販店を探して、SDカードを四枚買う。


二枚は自分用に、コピーする。そして、もう二枚は、太一のご両親に渡すのだ。葉子に言われるまで、コピーすることを失念していた。


コピーしておいたほうが親切だろう。


領収書をもらい、がやがやした家電量販店を出ると、静かなところまで移動し、吉本家に電話をかける。


「はい」


「あ、内田です。今からうかがう予定ですが、ご都合はいかがでしょうか」


「はい。大丈夫です」


「では、今目黒にいますので、町田についたらもう一度ご連絡を差し上げます」


わかりました、と言われたので電話を切る。


目黒から町田までは距離がある。小田急線に乗っている間、ずっと目を閉じていた。


あまりよく眠れていないから、眠い。そして、人がいるところで寝ていれば、まだ安心できる。


でも、瞼を閉じれば、はっきりと目を感じる。




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