一瞬にて

ころこね

第1話

「ねぇ、ゆうくんまた来年も一緒に花火見に行こうね」

りんご飴を齧りながら君がそう約束をしたから、俺は今年も花火を見に来た。一人で。

色とりどりの花火が空を彩る。

本当だったら君と一緒に見るはずだったのに。

神社の中腹にある石段に腰を掛け、空を見上げた。

「キレイ」

ここに君がいたならもっとキレイに見えていただろうか。

「…会いたい。会いたいよ」

願っても叶わない夢をつぶやいてしまった。

もう泣かないって決めたのに、目頭が熱く感じてしまう。

あわてて顔を塞ぐ。

君はもう死んでいて会えないのに。

「…理緒」

君の名を呟いたとき、とてつもない睡魔に襲われた。

「会いたいよ」

「ねぇ、起きてってば」

いつの間にか俺は寝ていたようだ。

誰かが俺の体を揺らし、必死に起こそうとしている。

「ねぇ、起きてってば!」

その声は君に似ているような気がする。

高くもなく低くもなくちょうどいい声音。

意識がおぼろげだから脳が勝手にそう判断しているかもしれない。

けど、もし君だったら。

淡い期待を持ち、目をゆっくりを開けた。

「うそっ」

まさか…。

俺の目に写ったのは君だった。

一回目をこすってみる。

―君だ。

「何?嘘って」

「いやなんでもよ」

まさか。本当にいるなんて思わなかった。

しかも、あの日と同じ朝顔柄の浴衣。

「そう?」

「うん…」

これは夢だ。きっと。

だから君がいるんだ。生きているんだ。

早くこの夢から覚めないと。

現実世界で君がいないことをまた受け入れなくなってしまう。

「ゆうくん、行こっか」

ブルーな俺に対して君は笑顔で俺の手を握った。

本当に生きていると信じたいほど手が温かい。


…今だけは現実世界だと思っておこう。


「どこに?」

「屋台だよ」

そう言って俺を立ち上がらせた。

「早くしないと花火が上がっちゃう」

下駄を鳴らしながら君は俺を引っ張って走って石段を降りていった。

町内で唯一の祭りだから、多くの人がいる。

普段じゃ絶対に人にぶつからないのに、今日は何回もぶつかってしまう。

そんな俺と反対に君はするすると人の間を縫ってお目当ての屋台にいった。

やっと君のもとに着いたとき、既にりんご飴を2個買っていた。

「やっと来た。はい」

「おっ、ありがとう」

それを受け取り、一口齧った。

甘くて酸っぱい。

あの日もこうして二人で齧ったな。

「ゆうくん。他に食べたいものある?」

首を振る。

「理緒はなにか食べたいものないの?後、したこととか?」

周りの景色を見ながら聞いた。

「んー…じゃあ、ヨーヨ掬いしよ」

目の前にある屋台を指した。

「いいね」  

「うん」

今度は俺が手を握って一緒にそこに行った。

「いらっしゃい、一回300円だよ。なんかいする?」

「2回で」

がま口財布を開き、600円を出した。

「はいよ」

おっちゃんは受け取って、吊り紐を渡した。

「ゆうくん、私先にしてもいい?」

俺は頷く。

「りんご飴持っておくよ」

「ありがとう」

左手で受け取った。

「よーし、3つはとるぞ」

袖をまくり、楽しそうにヨーヨを釣っていく。

目標を越えた5つ目辺りで、

「あぁ」

ぷつんと紐が切れてしまった。

君は残念そうに取った4つのヨーヨをビニール袋に入れっていた。

「すごいじゃん」

俺は褒め、君にりんご飴を返した。

「ゆうくん、絶対に私の記録越えてよね」

「分かった。5つは取れるようにする」

そう誓って君にりんご飴を渡した。

「よぅーし」

「あははっ、私の勝ちだね」

「そうだね」

…1個のヨーヨしか取れなかった。

しかも、おっちゃんに「残念だったな、兄ちゃん。ほら、おまけでもう一個あげるわ」

って鼻で笑われたあげぐ、ヨーヨを一個貰ってしまった。

「楽しかったな」

真っ暗な空を見上げ君は呟いた。

俺も隣でぼそっとこう言いかけた。

『まだ、楽しいことは一杯ある』

と。けど、死んでしまっている君には意味がない。

ヒュ~‥ドンッッ!!

「あ!始まちゃった」

空に大きな花が咲いた。

「ゆうくん、行くよ」

別にここから見てもきれいなのに君は毎年あの神社を選んでいた。

また、手を引っ張られた。

そういえば、昔からずっとこうだな。

俺と君は幼馴染みだった。

小、中と一緒の学校に通った。

本当だったら高校も一緒に通うつもりだった。

けど、君は去年死んでしまった。

「理緒」

好きだった人の名前を呼ぶ。

「どうしたの?」

「なんでもないよ」

考え込んでいるうちに、神社の石段の中腹に来ていた。

ここは絶好の花火スポットだ。

こんなに見晴らしがいいのに誰もいない。

「あー、疲れた」

汗を吹きながら君は石段に座った。

俺も隣に座り、ちらっと君を見た。

美味しそうにリンゴを頬張っている。

やっぱり君はかわいい。

君に血なんて見合わない。

唐突にあの日の祭りの後の君を思い出してしました。 

『あー、楽しかったね。ゆうくん』

ヨーヨをボヨンボヨンしながら理緒は言った。

『そうだね』

俺は理緒が持ちきれないヨーヨを抱え、そう返した。

『ゆうくん、今日一番楽しかったことなんかある?』

『悩むな。…逆に聞くけど理緒は何が楽しかったの?』

『ゆうくんが先に答えてよ』

『えー…、まぁ、一番楽しかったの…!』

応えようとしたとき、俺はいきなり突き飛ばされた。辺りにヨーヨが舞った。 

と、同時に嫌な音が聞こえてしまった。車が走り去っていくのを見てしまった。

『理緒!』

慌てて君のもとに走った。

『…あ』 

「ゆうくん。どうして泣いているの?」

「えっ?泣いてないよ」

そう言って乱雑に顔をぬぐった。泣いているつもりはなかったのになぜが掌が濡れいている。

「ゆうくん、乱暴にしない。ほら」

浴衣の袖で優しく俺の顔を拭った。

やっぱり君は優しいな。

「理緒、俺涙止まった?」

思わず聞いてしまった。

「うん。ほら笑って。ほらニーって」

自分の頬に指を当て、俺に笑顔見せてくれた。

釣られるように俺も口角を上げた。

夜空に色とりどりの花が咲いている。

その形は花だけじゃなく、ハートやスマイルなどがある。

あの日もずっと悩んでいた。

いつ告白をするかを。

結局できなくて君と永遠のさようならをしてしまった。

「花火キレイだな」

わざとらしく大きな声で言った。

続けて、

「俺、君が好きだ。付き合ってくれないか?」

早口で思いを伝えた。

花火を夢中になっているから君は気づいていない。

「わっ」

これは終わったな。まぁ、夢だから関係ないかと思っていたら、君は思いっきり俺を抱きしめた。

知らぬ間に君の体が透けていた。

「うん。私もゆうくんがずっと好きだったの。最後にそう言ってくれてとっても嬉しかったよ」

泣きそうな顔で君は言う。

「ゆうくん、今までありがとう。私、ゆうくんと出会えてよかった。いつも一人だった私に笑顔をくれたこと忘れてないよ。本当にありがとう」

消える直前、君は俺の

「理緒。行かないで!」

空に手を伸ばした。

いくら伸ばしても届かない…

「…!理緒!」

ハッとして思わず手を伸ばしてしまった。

「俺寝て…ん?」

まだ花火が上がっていた。

俺は、一瞬だけ寝ていたようだ。

でも、なぜか知らないけど手にまだ君の温もりが残ってしまっている。

もしかしたら本当に理緒が隣にいたのかもしれない。

「理緒…」

名残惜しい気持ちを抱え、立ち上がった時に聞こえた。

『ゆうくん、大好き。また、会おうね』

と。

「…俺もだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一瞬にて ころこね @konene

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ