おひな様も見守る姑バトル
若奈ちさ
1バトル目
陽菜がおかゆをこぼしてしまったから手間取ってしまった。もう食器を洗っている時間もない。
これから朝は簡単にパンでも食べさせておこうか。でも慌てて食べさせて喉に詰まらせたら――。考えただけでも恐ろしい。
バタバタとしている合間にも、つけっぱなしのテレビからはニュースが流れていた。
今日はひな祭りだって。
ああ……ひな祭り。
お義母さんに買ってもらったひな人形を出し忘れている。
月曜日か。
週の始まりからは来たりしないだろうな。それでも写真くらいは送っておかないと。
けっこうな値段がするものだったし、1年きりでそのままというのはさすがに申し訳が立たない。
2歳になる陽菜は言葉もままならないし、そんな年中行事、まだ催促なんてしない。したらしたで面倒なのかもしれないが、思い出す暇もないほどなら、誰かにいってほしいかも。
保育所に連れて行く時間だ。
「ねぇ、ひな人形出し忘れてるんだけど」
「今それいうの?」
夫はこちらも見ず不機嫌そうにいった。
「週末でもよくない? ほら、ニュースでもひな祭りのイベントは週末までだって」
「せっかく買ってもらったのに」
「なにこだわってんの。3月3日を過ぎて飾ってたら行き遅れるとか?」
「別に何歳でも、結婚してもしなくても――もう、そういうことじゃなくて。今日飾らないとダメじゃないかってこと」
「なんでだよ。そんなにいうんだったら母さんに頼んでおくよ」
「やめてよ」
全然わかってない。話が通じない。
「もういい」
バッグと陽菜の手をつかんで玄関に向かう。
先週、陽菜は風邪をひいて一週間休んでいた。夫の母に、私の両親、それから姉にまで頼んで総出で陽菜の世話をしたっていうのに、夫は一日たりとも面倒を見てくれなかった。
もうヘトヘトだ。
それをいうと仕事を辞めたってかまわないという。
いや、家事を辞めても構いませんか?といいたいよ。
ひな人形を飾るために早退するわけにもいかないし、仕事場にもこれ以上迷惑はかけられない。
やっぱり一段飾りにしておくんだった。あれは化粧箱がセットになっていて、中から人形を取りだしてその上に飾るだけだった。
なんで七段飾りなんか。この狭いアパートでは置場にも困る。
――はたと思い出した。しまった状態でも場所を取るので貸倉庫に預けていたじゃないか。すっかり行かなくなってしまったスキー用品とかもろもろと置きっぱなしになっている。
駆け足で駐車場まで行き、陽菜を車に乗せてエンジンをかけたときだった。
お義母さんからLINEが届いた。
こんな時間に送ってこなくても。忙しいのに。
『今日、そちらへ行ってもいい? ちらし寿司をつくるの』
こういうとき、お義母さんは必ず私にLINEする。私なら絶対に断らないからだ。
やっぱりもう少し遠いところに住むべきだったか。
お義母さんは車を運転できないので自転車でいつもやってくる。30分くらいの距離では苦とも思ってないようだった。
どうやって返事をしようか。スマホを握ったまま考えていたらまたメッセージが来た。
『ひな人形を飾ってほしいんだって』
夫が先に連絡を取ったのか。
あの人はひな人形がどこにあるか忘れているのだろうか。お義母さんがタフでもさすがにあの大きさの荷物を自転車で運び出すのはムリだ。
すぐに夫にLINEした。するとひどくのんきなメッセージが届いた。
『やってくれるっていうんだから、やらせてやれよ。あと、友達とランチ行くついでに送ってもらうらしい』
なんでなんでなんで。全然わかってくれない。ちゃんとしたいのに。
そうやってお義母さんの友達にまで伝わっていくんだわ。
イライラを抑えるために一呼吸置いた。
その間にもお義母さんからどんどんメッセージが届く。
『勝手に家に入るのがイヤじゃなかったらなんだけど』
『いつもいってるけど、遠慮しないでね。好きでやってるんだから』
『私って専業主婦じゃない。家のこともやってるんだけど、なんだかいつも肩身が狭いの。だからやりたいのよ。なにかの役がほしいの』
『妻としても、母としても、祖母としても、姑としてもね』
『欲張りでしょう?』
『仕事を手分けしてやってるなら、家事だって手分けしてやればいいじゃない』
『それともなに、こんなに頼っていたら私の介護をしなくちゃいけなくなるから断りたいの?』
『大丈夫よ。私はその頃にはボケて全部忘れてる。篤弘に全部押しつければいいの。今だって篤弘は全部あなたに押しつけているんでしょ?』
とんでもない間違え方をされている。
そんなことまだ考える余裕すらないほど育児でてんてこ舞いだ。
夫に関してはまったくもってその通りだが、あまり黙り込んでいると図星と思われるかもしれない。
『ありがとうございます。お言葉に甘えます。ケーキ買って帰ります』
『あら、そう。ありがとう。忙しい時間にごめんなさいね』
見透かされてドキリとする。気が重いことは悟られたくはない。
こんなに甘えていいものか。なにが一番よい選択かなんてわからなかった。
今は正直、誰の手でも借りたい。でも貸しもつくりたくないし、迷惑をかけたくもない。
もっと自分はできるはずだとも思っていた。
「ママー」
待ったなしに迫ってくる。もう行かないと。
スマホを脇に置くとメッセージが届いた知らせが鳴った。
『そうだ、これを最初にいいたかったのよ。誕生日おめでとう』
おひな様も見守る姑バトル 若奈ちさ @wakana_s
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