A Study in Scarlet Letter あるいは桃色の研究

アカニシンノカイ

あるいは桃色の研究

「救急車を、早く救急車を」

 慌てた私が落としたスマホを我が友は拾い上げ、首を振った。

「死んでる。これでも元プロだ」

 友は元刑事だ。今は一人で探偵をしている。

「じゃあ通報だ」

「アホな警察に電話する前にコレの検討だ」

 探偵は床を指差した。


 雛まつり


 血文字はそう読めた。足元に倒れている男が書いたのだろう。

「ダイイングメッセージか」

 私が口にすると馬鹿にするように友は言う。

「ミステリでしかお目にかからないと思っていたが、まさか実物を見るとはな」

「なぜ名前を書かなかったんだ?」

「名前を書くと犯人に消されるから、とミステリでは説明されている」

「でも、名前そのものじゃなくても、自分を示すなにかだってことは犯人にもわかるわけだ。なら消さないか?」

 ふん、と鼻を鳴らす音がした。

「正論を吐くやつは、推理作家に消されろ」

「それに雛が漢字で書いてある。平仮名じゃないのはなぜだ? 死にかけているのにこんな画数の多い字を書くか? 雛が漢字なのになぜ、まつりは平仮名なんだ?」

「やばい、漢字で書いていたら死んじまうと思ったんだろ」

「違う。普通、雛は漢字にしない。被害者が残したものに犯人が線を加えて、雛にしたんだ。今日が三月三日だから、まつりも書き足した」

「じゃあ真のメッセージは?」

 私は雛という字を観察してから告げた。

「片仮名のクかな」

 一画目と二画目、つつみがまえの部分がクに見えなくもない。

「それか、イ」

「雛の右半分、隹(とり)の字の一画目と二画目のにんべんみたいな箇所のことか。だとしたら、クとイのサイズ感が揃っていない」

 確かにクはイの半分ほどの大きさだ。

「じゃあ、どういう意味だ?」

「知るか。こんなものがあると警察も無駄に頭を悩ますだけだ。こうしちまおう」

 あろうことか探偵は雑巾で血文字を拭き消してしまった。

 その腕をつかむものがあった。倒れていた男は生きていたのだ。

「大丈夫ですか」

 しゃがみこもうとした私に「しっ」と友は指を立てた。男がなにかしゃべっているらしい。だが、声が小さくて聞こえない。

 口で伝えるのは無理と悟ったのか、男は左手で探偵の手首を握ったまま、右手で床になにかを書き始めた。

 それはこう読めた。


 はやくいしゃをよべ

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