ひなまつり(KAC2025参加作品)
伊南
ひなまつりの定番
三月三日、ひなまつり。
女の子の健やかな成長を祈願するその日。
「…………」
近所のアパートに住む女子大生二人に呼び出されたカンナは、目の前で繰り広げられる不毛な争いを若干冷ややかな目で眺めていた。
「だーかーらー! ひなまつりに食べるものと言えばひなあられでしょお!? 『ひな』あられなんだからぁ!」
「下らない。菱餅一択に決まってるじゃない」
両手をぶんぶんと振りながらまくしたてるヤヨイを、サツキは呆れの表情でハッと嘲笑しながら言い放つ。
……自分は何で呼ばれたのだろうか、とそのやりとりを見ながらカンナが思っていた時。不意にヤヨイがパッとそちらの方を向いた。
「カンナちゃんはひなあられ派だよね!」
「いや、いきなり話を振られても……」
視線を向けるや否や同意を求められたカンナは冷静にツッコミを入れれば、それに対してヤヨイが「えー」と唇を尖らせ、サツキが「ごめんね」と苦笑い混じりに謝罪する。
「今日、ひなまつりじゃない? 折角だから何か買おうかって話になったんだけど意見が割れちゃって……私が『第三者の意見を聞けばいい』って言ったらメールで済ませば良いのに、部屋に来るようにヤヨイがメールを送っちゃって……」
「……あぁ、なるほど。そういう事ですか」
申し訳なさそうに話すサツキの言葉にカンナは納得する。……ヤヨイが勢いで動く事が多いのは、カンナもよく判っていた。
会話が途切れたところで、ヤヨイはずいっとカンナとの距離を詰める。
「──で、改めてなんだけど。カンナちゃんはひなあられ派だよねー!」
「カンナちゃん、ヤヨイに遠慮しなくて良いからね」
「えー……あー、っと……」
物理的に圧をかけてくるヤヨイと後方から圧迫感を感じるサツキの視線にカンナは一瞬詰まり。……それから、苦笑いを浮かべて口を開いた。
「すみません、桜餅派です」
「まさかの第三勢力!!!」
オーバーに仰け反ってからヤヨイはその場で膝をついて四つん這いになる。
「……まさかここで桜餅派が登場するとは……これはもう……誰かひとりになるまで戦って決着をつけなければ……」
「そんな大仰な話に……」
顔を伏せたまま呟かれたヤヨイの言葉にカンナは困り顔で声をもらす。一方、サツキは「うーん」と頬に手を当てた。
「……仕方ない。意見割れちゃったし両方買ってそれそれで食べようか」
「えー、やだ!」
サツキの提案を聞き、ヤヨイはガバっと顔を上げる。
「同じものを食べるから良いんであって、別々の食べたら意味なくない!?」
「そうは言っても平行線だし仕方ないでしょ」
……どうやらサツキも譲る気はないようだ。
それに対して今度はカンナが「うーん」と考え込み──……それから「あの、ひとつ提案なんですけど」と右手を上げた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あー、美味しかった! ご馳走様でした!」
空のお皿の前、ニコニコ満足そうに笑顔を見せながらヤヨイが両手を合わせる。サツキも「ご馳走様でした」と言ってから口元をティッシュで拭い、カンナの方へ視線を向けた。
「教えてくれて有り難う、カンナちゃん」
「いえいえ。こちらこそご馳走になりました」
食後のコーヒーを飲みながらカンナは頭を軽く下げる。
……カンナが提案したのは、まず「ひなあられと菱餅はそれそれ買う」。それとは別で、ひなまつり限定で売られている「クランブルをあられに見立てた菱形の桜ケーキ」を一緒に食べては? だった。
ヤヨイは自分の好きなものをサツキと食べたいだけだったらしく、桜ケーキを見た瞬間「これだけでいい!」と、ひなあられは買わずにケーキだけで満足していた。
ご機嫌でコーヒーを飲んでいるヤヨイの横、サツキは皿をまとめて持って立ち上がる。
そうして流し台にお皿を置いて軽く水で流したあと。……隅っこに置いていた菱餅の個装パックに手を伸ばした。
ペリ、と静かに袋を開けてから中身を取り出し。
粉が床に落ちないように気をつけながら口元へ運んで──……
「サツキちゃーん、太るよー?」
不意に背後から聞こえた声にサツキはビクッと肩を震わせる。パッとリビングを振り返れば、ニヤニヤと笑うヤヨイと苦笑いを浮かべているカンナの姿。
「…………」
サツキは何も言わず菱餅をもぐもぐと食べ、咀嚼して飲み込み。
「……大丈夫。これを夕飯にするから。今日はもう作らない」
「何でよ! ちらし寿司にするって言ってたじゃん!!」
目を逸らしながら発したサツキの言葉に、ヤヨイの非難の叫びが部屋に響き渡った。
ひなまつり(KAC2025参加作品) 伊南 @inan-hawk
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