つるし雛

@ns_ky_20151225

つるし雛

 初節句の前日。妻の実家からの雛人形は男雛と女雛の一対で、その家にはちょうどいい大きさだった。あちらの親はしっかりしてて、相談をきちんとしてくれるので助かると夫は思った。

 それに比べて、と夫は自分の親からのつるし雛を見た。いきなり送られてきたが、台付きで、高さがあって置き場所に困る。

「それに、どこに片づけんだよ」

 そうぼやく夫をなだめながら、妻は雛人形とつるし雛、それに娘をみんな画面に入れようとスマホを回したり遠ざけたりしていた。

 つるし雛はそんなふうに思われてることなど知らぬ顔で、モビールのように揺れている。桃、猿、香袋、犬、梟、唐辛子といった縁起物が吊るされていた。

「唐辛子ってなんの意味?」

 妻が気をそらせようと聞いた。

「防虫。虫がつかないようにだって」

 スマホで検索して答え、ほかのつるし雛の由来も答える。そうしてるうちにいらいらがおさまったらしく、娘をあやし始めた。笑顔になったところでシャッター音がした。

「お内裏様、逆かな?」

 夫が今気づいたように言うが、本気ではない。分かってることを蒸し返してボケただけだった。

「うち京都やからね」

 妻もいつもの答えを返す。


 節句の日、それぞれの実家と映像をつないでお祝いした。夫は白酒を口に含むと、微妙な顔で飲み込んだ。甘口は苦手だ。この後口直しにもっとましなものをと思っていた。

 妻はそれに気づき、いくら休みでも昼間っからはだめという顔をする。この後お出かけするのに真っ赤になられては恥ずかしい。

 しかし、夫は駄々っ子のように言うことを聞かなかった。一口だけ、と言って飲んでしまった。

 「ちょっと水」

 白酒と合わせて火照った頬を覚まそうと立ち上がったとき、よろけてつるし雛をつかんだ。嫌な音がして縁起物の梟がちぎれて落ちる。

「あ〜ぁ」 と、妻と映像の向こうが笑った。飲んだときからこうなるのは予想していた。

「すまん。鳥落としちゃった」

「いや、鳥が落ちたなんてゲンの悪いこと言うな。トリの降臨、とでも言っときなさい」

 すかさず夫の実家からフォローが入った。妻が梟を拾って言う。

「そ、福が降りてきたんよ」

 娘はそんなやり取りなんか知らないとばかりに眠っている。節句の日だった。


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