でぃさぴあー
香久山 ゆみ
でぃさぴあー
「探偵のおじさん、いらっしゃーい!」
玄関を開けると、幼女が足元に纏わり付く。
「
口ではそう言いながら、母親は特に制するでもなく、俺の腕にぶら下がる娘を目を細めて見ている。
やれやれ弱ったなと思っていると、俺の懐から顔を出したツクモに気付いた幼女が声を上げる。
「ネコちゃん!」
にゃあと返事して、ツクモが足元へ下りる。
「すみません、出しなに猫がついてきて」
「構いません」
事前に電話していたこともあり、母親も快く室内に案内してくれる。
幼女は完全に猫に夢中で、部屋の隅でリボンを振り回して遊んでいる。お蔭で大人同士で仕事の話を進めることができる。
「こちらです」
母親が、部屋の一角に置かれたひな飾りを示す。
お内裏様とお雛さまだけの一段飾りではあるが、なかなか立派な代物だ。と、思う。が、玉台の上にはあいにく男雛しかいない。
「お雛さまが消えたんです」
母親が言う。
昨夜ささやかな雛祭りを終えて、今朝ひな人形を片付けようとしたら、女雛がなくなっていたという。
娘は母親の隣でぐっすり眠っていたから、幼女がどこかへやったということもない。戸締りはきっちりしていて、外部から侵入した形跡はないし、女雛だけ盗んでいくような泥棒もいないだろう。
「お人形さんが夜の間に歩いたんだって、娘が言うものですから……」
だから霊能探偵の俺に依頼したということだが、実際には何でも屋として頼ったというところだろう。
ひな人形は、もともと母親が生まれた時に祖父母から買ってもらったものを、瑠那の誕生を機に実家から持ってきたのだという。それほどの年季もいわくもないので、人形が動き出すとは思えないが、一応家の中を見て回る。居間、寝室、台所、トイレ、風呂場。ぐるりと見て回るが、見つからない。父親も隣で肩を竦める。
居間に戻ると、遊び疲れたのか、ツクモがソファの隅であくびをして、その隣に幼女が眠っている。
俺の姿を認めると、ツクモがふいと首を動かす。
「にゃあ」
壁に向かって鳴いた。
ツクモが示す方を見ると、小さな天袋がある。
「あの天袋は、手が届かないので使っていないんですけれど……」
見えない何かに反応しているような猫の様子に、母親は眉を潜める。
「確認してみましょう」
天袋に手を伸ばす。俺が背伸びして手が届く高さだから、確かに彼女では届かない。わざわざ脚立を持ち出して物置きにする程のスペースでもない。
「うわっ」
思わず声が出た。扉を開けると、白い顔と目が合ったのだ。探していた女雛人形だ。
「あった」
そっと取り出して、母親に手渡す。
なんでこんな所に、という母親の呟きに、俺は答えなかった。
父親の仕業だろう。
雛飾りはさっさと片付けないと嫁に行き遅れる、というのは古くからのジンクスだ。男親としては、かわいい娘をよその男になど渡したくない。という心からの凶行だろう。俺は視えるだけで、聞こえないけれど、男同士その心境はなんとなく分かる。
父親は、娘の物心がつく前にすでに亡くなっており、現在は幽霊の身で家族を守っている。が、想いが強過ぎて今回の一件に及んだらしい。俺にしか視えない父親は、気まずそうにもじもじしている。やれやれ、悪霊にならないことを祈るばかりだ。
「にゃあ」
解決したはずなのに、また天袋に向かってツクモが鳴く。
まだ何かあるのか?
椅子を持ってきて、その上に乗り、天袋の中を覗き込む。
すると、下からは見えなかったが、茶封筒が置かれていた。取り出すと、いくらかの厚みがある。
中身を出すと、まず通帳が出てきた。父親の名義のものだ。
「やだ、夫ったらこんな所にへそくりしていたのね。気付かなかった」
雛人形を玉台に戻して、娘を膝枕しながら、母親が笑う。
「まだ他にも何か入っています」
何通かの手紙が出てきた。
「これは……」
父親宛てで、差出人はいずれも同じ女性の名前が書かれている。
「結婚前に、私が夫に送った手紙です。大切に取っていてくれたのね……」
彼女の声が滲む。
そうして最後に出てきた二通の手紙。
夫から、妻と娘に宛てた手紙。いつ書かれたのだろうか。それは、彼女も目にしたことがないものだった。
なんとか堪えていた涙がぽろぽろと落ち、娘も目を覚ます。母の様子に、小さな腕でぎゅっと母親を抱きしめる。母が娘の頭を撫でる。
そうか、彼はこの手紙を渡したかったのか。
妻子の傍に、父親の幽霊が寄り添い、優しい目で二人を見つめる。
彼はもう直接彼女達を守ることはできないが、こうして彼女達の心の支えになることはできる。手紙にはきっと彼女達のしあわせを祈る言葉が綴られているだろう。
ひな飾りのそばの陽だまりで、ツクモが満足そうにあくびをした。
でぃさぴあー 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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