アイドル!
るえりあ
消えた不動のセンター
静寂の中、微かな囁きが響く
見上げれば、夜空に輝く銀の糸がそっと私たちをつないでいた
遠くで暁の鼓動が響く
止まることなく、ドリームの舞台へと進み続ける
それは9人が歩いてきた道が導いた答えだった
◇ ◇ ◇
「……これ、何?」
控室の机の上に置かれた一枚の紙。
そこには、詩のような文章が綴られていた。
9周年ライブを目前に控えた日。
私たちStellar9(ステラ・ナイン)のセンター、天宮エリカが姿を消した。
連絡は取れない。マネージャーも何も知らないという。
だけど、彼女が突然逃げるとは思えない。
「レン、これ……エリカが残したの?」
後ろから覗き込んだ天音ルカが、メモを指差す。
「これは何かのメッセージ?」
文章を目で追いながら、私は確信した。
これはエリカが私たちに向けて残した、"手がかり"だった。
まるで歌詞のような文。
だけど、どの楽曲にもこんなフレーズは存在しない。
「エリカの字だね」
メンバーのひとり、桜庭ミオがぽつりと呟く。
エリカの書く文字を、見間違えるはずがない。
「でも、エリカがどこにいるかの手がかりにはならないよね……」
不安そうに言うのは橘ナナ。
ムードメーカーの彼女も、今日は浮かない顔をしている。
「これだけじゃないはずよ」
私はメモを持ち上げながら言った。
「エリカは私たちに"何か"を伝えたくて、このメモを残した。なら、次の手がかりもどこかにあるはず」
そのとき、ドアが開いた。
「あなたたち、ちょっとこっちにきて」
険しい顔をしたPの城崎カヤが、私たちを呼んでいた。
私たちは顔を見合わせ、すぐに立ち上がった。
カヤさんがこのタイミングで呼び出すということは、何か新しい情報が入ったのだろう。
部屋に入ると、すでに他のメンバーが揃っていた。
全員が張り詰めた表情をしている。
カヤさんは腕を組み、私たちを見渡すと、静かに口を開いた。
「……これを見て」
彼女が机の上に置いたのは、一枚の紙だった。
それは、私たちが見つけたものと同じエリカの字だった。
そこには、また詩のような文章が綴られていた。
“かすかな囁きが、胸の奥で響く
見上げれば、夜空に銀の糸が浮かび、どこまでも続いていた
やがて、東の空に暁の気配が差し込む
私たちは今を全力で駆け抜け、必ずドリームつかむ
振り返れば、そこには9人が歩いてきた道が確かに刻まれていた”
藤咲リナが不安げに声を震わせる。
「どういう意味?」
私は目を閉じて、エリカの言葉を噛み締めた。
「……9人が歩いてきた道」
私は指で紙をなぞる。
最初のメモと新しく見つかったメモ、何を意味するのか。
「でもさ、このメモ……どこで見つかったの?」
ミオの問いに、カヤさんが答える。
「……エリカのロッカーよ」
「ロッカー?」
「ええ。さっきスタッフがエリカの荷物を確認したとき、一番奥に折りたたまれていた」
みんな、顔を見合わせる。
エリカが意図的に隠していた可能性が高い。
「つまり、このメモはエリカが残したもので間違いない……」
私は深く息を吐き出した。
「エリカのロッカーに他に何か残ってた?」
「いや、目立ったものはなかった。ただ——」
カヤさんが少し言い淀み、ため息をついた。
「ロッカーの中に、9周年ライブ用のセットリストが挟まっていた」
「セットリスト?」
リナが身を乗り出す。
「本来なら、今日はリハでそれを確認するはずだったのよね」
「そう。それを私に持ってこなかった……」
私は紙をめくる。
そこには、見慣れた曲名が並んでいる。
1.『Starlight Symphony』
2.
3.『笑顔のままで』
4.
5.『Endless Memory』
6.『ぶらんにゅーわーるど!』
7.
8.
9.
「……5曲も空欄?」
ミオがセットリストを見つめ、息をのむ。
「そう。これは正式なセットリストのはずなのに、5曲分が埋められていない」
「エリカがまだ決めてなかったの?」
ルカが困惑したように言う。
「それはありえないわ。エリカは、どの曲を歌うか一番こだわる人だったから」
ナナが唇をかむ。
「……だとしたら、エリカは何か意図があって、この5曲を空白にしたのかもしれない」
リナがセットリストを指でなぞる。
「でも、普通ならここにはこれまでのライブと同じ流れで曲が入るはずよね?」
「そうね。今回のライブは基本的に"流れ"は決まっていた」
私は記憶をたどる。
「じゃあ、その『5曲』って……まだ入れてないだけで、すでに決まってる曲ってこと?」
「たぶん……そうだと思う」
カヤさんが腕を組む。
「この5曲が分かれば、セットリストが完成する」
全員の視線が、未記入の空欄に向けられる。
「とりあえず……ライブで歌う可能性のある曲を考えてみましょ!」
ナナの明るい声が沈んだ空気を切り裂いた。
「そうね。まずは当てはまる5曲を洗い出しましょう」
ミオがうなずく。
「でも、候補曲ってどれくらいあるの?」
リナが考え込みながら言った。
「アルバム曲も含めたら相当な数になるわよ?」
「確かに……全部挙げてたらキリがないね」
ルカが腕を組みながら考え込む。
「過去のライブで毎回歌ってる曲や、9周年の特別ライブだからこそ入る曲があるはず」
「それなら、今までのライブの定番曲を思い出せばいいんじゃない?」
ミオが言う。
「今までのライブでよく歌ってた曲を思い出してみよう!」
ナナの掛け声で、メンバーたちは記憶をたどりながら候補曲を出していく。
「『かすかな声』は毎回歌ってるよね?」
「うん、それなら『夢幻パレード』も」
「『Everlasting Dream』も定番だし、9周年なら『Shining Future』も入るかも?」
「バラード枠なら『私たちの奇跡』もありそう」
ホワイトボードには、10曲のリストが並んだ。
【ライブで歌う可能性のある10曲】
Twinkle Star
夢幻パレード
私たちの奇跡
Moonlight Serenade
かすかな声
Everlasting Dream
Shining Future
夜明けのシルエット
Nine Wishes
くちづけの星座
Promise Letter
Dancing Lights
「これで12曲か……でも、セットリストに入れるのは5曲だよね?」
ルカが腕を組んで考え込む。
「うーん……どれも9周年にふさわしい曲だから、選ぶのが難しいね」
ナナがホワイトボードを見ながら唸る。
「どうしよう……この中から5曲に絞る方法が分からない……」
私たちは顔を見合わせ、沈黙した。
どう考えても、この中から5曲を選ぶ決め手がない。
全員がホワイトボードを見つめたまま、答えの出ない問いに頭を悩ませていた。
「……そういえば」
ナナがぽつりと呟いた。
「さっき見つけたメモって、なんかのヒントじゃない?」
「メモ?」
ミオが顔を上げる。
「ほら、最初に見つけたやつと、さっきのやつ。どっちも詩みたいな感じだったよね?」
「あ……確かに」
私は2枚のメモを机に広げた。
「最初のメモは……"静寂の中、微かな囁きが響く"から始まってたよね」
「で、2枚目のメモは……"かすかな囁きが、胸の奥で響く"だった」
「……ねえ、もしかしてこのメモに共通する言葉があるんじゃない?」
「共通する言葉……?」
ルカがメモを覗き込む。
「確かに、"囁き"とか"銀の糸"とか、同じ言葉が何度も出てる気がする……」
私は指でメモをなぞった。
「試しに、共通する単語を拾い出してみよう」
私はペンを取り、2枚のメモをじっくりと見つめる。
「……共通する単語を探してみよう」
ミオが頷き、ホワイトボードに言葉を書き出した。
《メモに共通する言葉》
囁き
銀の糸
暁
ドリーム
9人が歩いてきた道
「5つあるね...」
ルカが小さく呟いた。
「……待って」
私はホワイトボードの言葉を見ながら、ある可能性に気づく。
「この5つの言葉……さっきの10曲の中に、似たものがなかった?」
リナが驚いたように目を見開く。
「……まさか!」
私はホワイトボードのリストを指でなぞる。
「"囁き"って……『かすかな声』じゃない?」
「じゃあ、"銀の糸"は……星座とか?...あっ!『くちづけの星座』」
「"暁"って、たぶん……夜明けの事だから『夜明けのシルエット』のことだよね!」
「"ドリーム"って……そのまま夢?『夢幻パレード』か!」
「"9人が歩いてきた道"……これは?」
私たちは顔を見合わせる。
他の4つはすぐに答えが見つかったのに、この言葉だけはぴったり当てはまるものが浮かばない。
「9人の道……」
「……それってつまり、今までの私たちの歴史ってことだよね?」
「でも、それにふさわしい曲ってどれ?」
ホワイトボードを見つめるメンバーたちの間に、沈黙が落ちる——。
ルカの問いかけに、私はホワイトボードを見つめた。
「9ってついてる曲なら、『Nine Wishes』がある」
「確かに……」
ミオがペンを手に取り、ホワイトボードにマークをつける。
「"9人が歩いてきた道"っていうフレーズとも合うし、Nine Wishes!9つの願いっていう意味なら、今までの私たちの想いを象徴してる気がする」
「これで決まりじゃない?」
全員が頷き、ホワイトボードに書かれた5つの曲名を眺める。
《選ばれた5曲》
『かすかな声』(囁き)
『くちづけの星座』(銀の糸)
『夜明けのシルエット』(暁)
『夢幻パレード』(ドリーム)
『Nine Wishes』(9人が歩いてきた道)
「……完璧じゃん!」
ナナが嬉しそうに手を叩く。
「これでセットリストの空欄も埋まる!」
私はもう一度メモを見つめた。
でも——
(……何かが引っかかる)
「ちょっと待って」
リナが小さく呟く。
「……本当に、『9つの願い』で合ってるのかな?」
一瞬、空気が止まる。
「え?」
「ほら、さっき選んだ4曲って、メモに書かれてた言葉と完璧に対応してたよね?」
「うん……」
「でもさ……"9人が歩いてきた道"って、"願い"っていう意味なの?」
リナの言葉に、全員が沈黙する。
「……」
私はホワイトボードを見つめる。
「"9人の道"……つまり、今までの私たちが歩んできた歴史……」
「確かに、それは9周年ライブにふさわしいテーマではあるよね?」
ミオが腕を組む。
「でも、"願い"って言葉が、それを表すかと言われると……」
「……」
ふと、ルカが呟いた。
「"軌跡"……じゃない?」
「え?」
「ほら、"奇跡"と"軌跡"って同じ"きせき"って読むでしょ? だから、"9人が歩いてきた道"っていうのは、"奇跡"じゃなくて"軌跡"のことなんじゃない?」
「……"私たちの軌跡"!」
ナナが叫ぶ。
「そうか!!」
私はホワイトボードに書かれた「9つの願い」を見つめ、そっと線を引いた。
「エリカは……"願い"じゃなくて、"軌跡"を示していたんだ」
「それなら、5曲目は……」
私は新しく書き直した。
《最終的に選ばれた5曲》
『かすかな声』(囁き)
『くちづけの星座』(銀の糸)
『夜明けのシルエット』(暁)
『夢幻パレード』(ドリーム)
『私たちの軌跡』(9人が歩いてきた道)
「……これが、エリカが残したセットリスト」
私は確信した。
「……これが、エリカが残したセットリスト」
私はホワイトボードに書かれた5曲を見つめながら、確信した。
「エリカは、私たちに答えを導かせたかったんだね」
ルカが小さく微笑む。
「最初から、私たちが"選ぶべき曲"を分かってたのかもしれない」
ナナが拳を握りしめた。
「こんなの……もうやるしかないじゃん!」
「うん!」
私たちは一斉に立ち上がる。
ライブ本番まで、あと少し。
だけど、もう迷いはなかった。
◇ ◇ ◇
ライブ本番が始まる。
「エリカは?」
リナが尋ねると、カヤさんが微笑んだ。
「彼女なら……ちゃんとステージで待ってるわよ」
大歓声が響くステージ。
照明が落ち、静寂が訪れる。
——静寂の中、かすかな囁きが響く。
私たちは、9人で立っていた。
「みんな、待たせたね!」
センターに立つエリカが、笑顔で叫ぶ。
「今日は9周年! 私たちの"軌跡"を、みんなに届けます!」
観客の声が、会場を揺るがす。
そして——
『かすかな声』が響き、ライブが始まった。
◇ ◇ ◇
ライブが終わり、楽屋に戻った私たちは、全身に残る熱気を感じながら息をついた。
衣装を脱ぎながら、ナナが大きく伸びをする。
「いやー、最高だったね!」
「ほんと! こんなに楽しいライブ、今まであったかな?」
リナも笑顔で頷く。
ルカはペットボトルの水を飲みながら、ふと呟いた。
「そういえばさ……この5曲って、どういう意図で選んだの?」
その言葉に、楽屋の空気が少し静まる。
私たちは、ゆっくりとエリカに視線を向けた。
エリカは少し驚いた顔をした後、ふわりと微笑んだ。
「……気づいた?」
「いや、なんとなく考えてたんだけど……」
ルカはホワイトボードに書かれたセットリストを指差す。
「普通なら、こういう記念ライブのセットリストって、運営側がある程度決めるはずでしょ? でも、今回は私たちに選ばせた。それがちょっと不思議で……」
エリカは静かに頷いた。
「実はね……この5曲、最初から決まってたの」
「えっ?」
「でも、ただ発表するんじゃつまらないでしょ? だから、みんなにちゃんと"見つけてもらいたかった"の」
エリカは、そっとホワイトボードに書かれた5つの曲をなぞった。
「"かすかな声"、"くちづけの星座"、"夜明けのシルエット"、"夢幻パレード"、"私たちの軌跡"……」
そして、私たちを見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「この5曲の頭文字を並べてみて?」」
「……え?」
私は再びホワイトボードを見つめる。
『かすかな声』(か)
『くちづけの星座』(く)
『夜明けのシルエット』(よ)
『夢幻パレード』(む)
『私たちの軌跡』(わ)
「……か、く、よ、む……わ?」
「"わ"?」
ナナが首をかしげる。
「"わ"って何? 他のは意味が分かるけど……」
「"私たちの軌跡"の"わ"?」
リナも困惑する。
「"わ"……"わ"……?」
沈黙が落ちる中、ミオがふと呟いた。
「"私たち"ってこと?」
「え?」
「つまり……"私たち9人"のこと?」
その瞬間、全員の表情が変わる。
「……ってことは!」
ナナが目を見開く。
「9周年!!」
「カクヨム9周年って事だったのか!?」
ルカが驚きの声を上げる。
エリカは、にっこりと微笑んだ。
「正解♪」
「もうエリカ、やることが派手すぎ!」
ナナが笑いながら叫ぶ。
私たちは顔を見合わせ、また笑った。
「9人で迎えた9周年……」
「……最高のライブだったね!」
そう言って、私たちはハイタッチを交わした。
カクヨム9周年おめでとう。
アイドル! るえりあ @sakuchan97
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