【KAC20251】うけつがれていくもの

三毛猫みゃー

うけつがれていくもの

「ふふんふふふふふんふふふー」


 今では珍しい畳張りの部屋で一人の女性が鼻歌を歌っている。

 聞こえてくる曲は誰もが一度は聞いたことがあるであろう「うれしいひなまつり」という歌だ。


 そんなごきげんな女性だが名前はひなという。少し幼い見た目をしているが、これでも一児の母である。


 ひなが箱を次々と開けひな人形を取り出していく。ただどのひな人形もバラして直されていたためだろうか頭がついていない。


 ひなはそれが普通だというように下段から、七段目に御輿入れ道具、六段目に嫁入道具、五段目に三人の仕丁を並べる。


 本来なら仕丁と呼ばれる人形の顔には泣き顔、笑い顔、怒り顔と三種類の顔があるのだが、どの仕丁にも顔が乗っていないため表情はわからない。ひなは迷うこと無く三人の仕丁を並べている。


 四段目は随身、天皇陛下や皇后陛下の警護をする役目のものになる。二人の随身はそれぞれ刀、弓、矢を身に着けていて、本来ならひげを生やした年寄と黒髪の若者という見た目があるのだが、こちらも頭がついていない。ひなは相変わらず何の迷いもなく二人の随身を並べる。


 三番目には五人囃子とひなまつりのうたにも出てくる五人囃子だ。扇、大鼓、小鼓、笛と、一人を除いて四人が楽器を携えている。扇を持つ人形は歌を担当する役割になっている。そしてこの五人囃子にも頭が乗っていない。


 二段目三人官女と呼ばれる人形になる。長柄、三方、提子と呼ばれる物をそれぞれが持ち、お酒を注ぐための道具を持っている。本来なら真ん中の三方を持つ官女の口には既婚者を表すためにお歯黒が塗られているはずなのだが、他のひな人形と変わらずに頭がないために見ることは出来ない。


 そして最後の最上段。男女のひなになる。男雛と女雛、結婚式の主役になる。男雛は笏を持ち、女雛は桧扇をお上品に手に持っている。こちらも頭がない。


「あー、ままー、おひなさまだー」

「あら、帰ってきたのね。しいなちゃん、おかえりなさい」

「ただいまー」


 ひなの隣りに座ったしいなが、ひな壇に並べられているおひな様をみて首を傾げる。


「ねえまま、どうしておうちのおひな様にはみんな頭がついていないの?」

「どうしてかしらね? ままもね、ままのままに聞いたけどわからないって言われたわ」

「えぇー、そうなの?」

「そうなのよ。よーしおひな様も出し終わったことだし、お片付けが終わったらおやつにしましょうか」

「はーい、しいなも手伝う」

「ありがとう」


 そう言いながらひなはひな人形を入れていた箱を片付け始める。大きな箱にひな人形が入っていた小さな箱を入れていく。


「あれ? ままこの箱なんか変だよ」

「ああ、それは触らないでね」


 大きな箱の端に御札のようなものがペタペタたくさん貼られた箱があった。しいなは首を傾げながらも、ひなのゆうことを聞いて片付けを再開する。


「あの箱は絶対に触らないでね。それとお家のおひな様には頭をつけては駄目なのよ。しいなは約束できる?」

「うん、出来るー」

「いいこね」


 ひなはそう言って大きな箱の蓋を閉める。


(そういえば私も母に同じことを言われたわね)


 ひなが今のしいなくらいの歳の頃、ひなの母もひな人形を飾っていた。その時にひなも母におひな様に頭をつけては駄目と言われたのを思い出した。ひなも昔、母の言いつけを守らずに、御札のペタペタ張られた箱をこっそり開けて、中にはいっていたおひな様の頭をつけたことを思い出した。


(きっとしいなも、私と同じようにおひな様の頭をこっそりとつけちゃうのかしらね。そして……)


 そのことを思い出し、



 首なしひな。そう呼ばれているひな人形が、とある県のお寺に封印されている。


 これを所有していた女性は生涯独身で、遺言としてこの首なしひなを誰にも受け継がれないようにと残していた。


 首なしひなは、遺言どおりにするためにあるお寺に預けられ、供養された後に燃やされた事になっている。


 ではなぜ燃やされたはずの首なしひなが封印されているのか。それは何度供養をしてから燃やしても、次の日にはきれいな状態で寺の境内に戻って来るようだった。


 そんな事が続き、より強力な力を持つ寺を転々と移動することになった。そんなさなか、ある寺の住職が何気なしに首なしひなに首をつけてみたのだとか。何度燃やしても戻ってくるのは、首なしひなに首がないからだと思ったのがきっかけだったようだ。そして全てのひな人形に首をつけ、供養してから燃やした。


 その結果、結局は首なしひなは燃えたにも関わらず、翌日には再び戻ってくることになる。ただ、今までと違った事があった。


 それは、全てのひな人形の表情が苦悶の表情に歪み、その目からは血の涙を流しているように見えたのだった。それを見た住職は自分の手には終えないと、再びひな人形の首を取り去り厳重に元の箱へと封印をした。


 その後運ばれていったのが、その封印を施しているお寺である。


 元の所有者である、しいなという名の女性は既に亡くなっており、由来などは全くの不明だということだった。ただ、お亡くなりになった女性の母や祖母、そのさらに先祖の女性は皆若くして亡くなっていたようだ。


 その時期はバラバラだが、共通していることはそれらの女性は女の子を生んで数年後、若死にしていたということだ。

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