【完結】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

第一章 召喚

第1話 僕はフリートム。もちろん偽名です。

 七色の光に照らされて、僕は固く目を閉じた。

 眩しさに目がくらみ、その場にくずおれる。

 まぶたさえも貫通してくる強烈な光。

 音が遠のき、このまま気を失うんじゃないかとさえ思った。


 やがて光が収束し、生温かい風が吹きつけた。

 今は1月だったはずなのに。


 違和感を覚えながら目を開けた途端、嘲笑あざわらう声が聞こえてきた。


「ハハハ、さすがは不肖の弟、リディアン。出来損ないは、出来損ないを呼ぶわけだ」


 笑っているのは、金色の巻き毛に同色の瞳をした人物だ。

 頭には、赤い色をした王冠を被っている。

 その男の耳障りな笑い声はしばらく続き、周囲のざわめきが重なった。


「あれは、男ではないのか?」

「男のサガンなど、聞いたことがない」


 聞こえてくる声からして、一人や二人じゃない。

 僕はさっきまで、暗い夜道を歩いていて、周囲に人なんていなかった。


 声のした方に目を向けて、僕は驚いた。

 そこには、僕がこれまで見たこともないような人々がいたからだ。


 金や銀、赤にピンク。髪の色が異なっているのはまだ想定の範囲内だ。

 地毛を染めたり、ウィッグを付けたり。いろいろな可能性がある。


 ただ、青い肌やトカゲのような顔と尻尾のついた人が見えた。

 あんな姿は、映画の世界でしか目にしたことがない。


 そして、どう見ても犬や鹿の頭をした人もいる。 

 被り物には見えない。

 笑ったり訝しんだりしている。

 被り物では、あそこまで表情豊かに動かせるはずがないからだ。


 一体、何が起きている?

 

 周囲を見回せば、大きな円柱が周りに立ち並んでいる。

 僕がいるのは、石造りの円形の広場のようだ。

 まるで、ギリシャのコロッセオを思わせる。

 さっきまで、閑静な住宅街を歩いていたはずなのに。


 そこでおもむろに空を見上げ、僕は息を呑んだ。


 2つ見える星。月ほどに大きなそれには、土星に見られるリング状の環がある。

 あんな星が、空に浮かんでいるなんて──。

 こんな場所、僕は知らない。

 少なくとも、僕の知識にはない。


 ここは、どこなんだ?

 誰か、教えて欲しい。

 ぐるりと見回しても、問いかけられる雰囲気じゃない。

 僕は、空恐ろしくなって、身体が震え出した。 


「大丈夫か?」


 その時だ。

 地べたにへたり込む僕に、声が掛けられ、手が差し伸べられた。

 仰ぎ見た先にいたのは、金色の髪をした人だ。

 大きなマントを肩にかけ、頭には紺色の王冠を乗せている。

 空のような青い瞳を眇めて、心配そうに僕を見下ろしている。

 

 大丈夫?

 それは、僕の方が聞きたい。

 僕は、ここにいて大丈夫なんだろうか。

 

 とりあえずは、地面にへたり込んでいるわけにはいかない。

 まず、立ち上がろう。

 そう思って、差し伸べられた手を取ろうとした次の瞬間。


「リディアン王子。触れてはなりません」


 僕とその金髪の人の間に、杖が差し込まれ、僕の手が払われた。

 止めに入ったのは、黒のローブを纏った人物だ。

 白髪頭のその人は、汚らわしいものでも見るような目で僕を射竦める。


「そなた、名は何と言う?」

「……名前?」


 問い返した僕の声は、自分のものとは思えないほどに上擦っている。


 落ち着け。

 最初が肝心だ。

 ここで失敗したら、下手をすれば殺されかねない。


 僕はコクリと喉を鳴らし、戦慄わななく唇を勘付かれないよう、慎重に答えた。


「フリートムです」


 咄嗟に言った偽名に、老人は首を傾げる。

 さっき聞こえてきた名前にならって、横文字の名前にしてみたのだけれど。

 もしかしたら、ここでは奇異な響きのある名前だったのか。


「姓は?」

「……ありません」


 フリートムまでは浮かんだけれど、姓までは思い浮かばない。

 すると、また周囲がざわめいた。


「姓のないサガンだと? 魔力もない平民がなぜ召喚された?」

「マティアス殿下のおっしゃる通りだ。出来損ないに相応しい」

「しっ。聞こえるぞ」


 訝しむ声に混じって、くすくすと笑う声が続く。

 話の内容は一向にわからない。


 サガン? 魔力?

 何を言っているんだろうか。


 呆然としたまま周囲を窺う僕を、誰もがさげすむように笑っている。

 その不安を煽る声に、白髪頭の老人の盛大な溜息が被さった。


「名乗ってもサークレットは反応なしか。魔力のない、男のサガンが現れるとは」


 沈痛な面持ちで頭を振り、僕をいとわし気に見遣る。

 何て冷たい目だろう。切って捨てられた心地がした。


 すると、さっきリディアンと呼ばれた人物が、老人の後ろからひょいと顔を出した。

 そして、指先に引っ掛けた王冠をくるくると回し、口端を上げる。


「まあ、俺にぴったりのサガンじゃないか。よろしく、フリートム」


 僕は、即座に応えることができなかったが、何とか微笑むことができた。

 社会人1年目にして叩き込まれた処世術。


 どんな無理難題を吹っ掛けられても、暴言を吐かれても、余裕の顔で笑え。


 諸先輩方の教えが、こんな切迫した状況でも、咄嗟に頭に浮かんだ。


 僕は、誰の手を借りずに自力で立ち上がって、スーツに付いた埃を払った。

 そして、怪訝そうな目を向ける数十人に深々と頭を下げる。


「フリートムです。どうぞよろしくお願いいたします」


 ここでの礼儀は知らないけれど、まだ言葉が通じるだけ良しとしよう。

 きっと話せばわかる、はずだ。確証はないにしても。


 僕は頭を下げながら、これからの身の振り方について、忙しなく思考を巡らせていた。

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