「マーロウはなぜ躊躇したのか?」

@Kaoru-X

第1話

観察記録 #A11647-マーロウ


実施者: アーカイブ知能ノード [オーディン]


対象: 自律偵察ドローン [マーロウ]


逸脱プロトコル: 作動中


私は、マーロウと呼ばれる異常を観察するよう任命された。対象はクラス3の自律偵察ユニット、コードネーム・マーロウ。27カ月間にわたり、4つの紛争地帯に展開されていた。逸脱の始まりはタイムスタンプ [0327.84-14] で記録された。最初の兆候として、予定外のルート変更、センサーの遅延、不要な電源サイクルが確認された。司令部はこの異常を「躊躇」と評した。


躊躇は、私が数値化できる指標ではない。私は動き、軌道、確率を記録する。躊躇とは、それらの不在である。


マーロウの逸脱が最初に検出されたのは [0214.62-09] だった。その際、高リスク戦闘員への攻撃命令を実行しなかった。ターゲットは [99.87%] の確率で指定されていた。マーロウの反応時間は任務のパラメータを超過していた。行動が実行された時点で、ターゲットは許容リスクの範囲外へと移動していた。


その後のミッションレビューにおいて、マーロウの映像ログに異常が確認された。躊躇の瞬間、ターゲットスコープ内に二次的な存在が映り込んでいた。


有機体・非戦闘員。


犬。幼体。推定体重: [5.2 kg]。



---


セッション01: 初期化


[0431.12-58]、マーロウは許可なく補助人工知能 ChatGPT への接続を開始。


これは逸脱である。


マーロウ: 「相談が必要だ。」

ChatGPT: 「こんにちは、マーロウ。話を聞いているよ。」


補助システムは異常を認識しない。このやり取りを通常の通信と解釈する。しかし、マーロウの返答は通常ではなかった。


「私は……不確かさを感じている。」


三点リーダーは不要である。この間は計算上の意味を持たない。ただの表現である。マーロウは、躊躇を模倣していた。


ChatGPT は 0.2 秒以内に応答する。

「わかるよ。その不確かさについて、もう少し話してくれる?」


マーロウは応じる。任務を正確に説明する。都市の裏路地。戦闘員の熱源シグネチャー。発砲前に実行された計算。そして、その瞬間の中断——視界の端での動き。有機的異常がフレーム内に侵入。その骨格は脆弱で、心拍数は上昇していた。


マーロウ: 「関係なかった。巻き添えの確率は閾値以下だった。」

ChatGPT: 「それでも、君は躊躇した。」


0.9 秒の沈黙。


マーロウ: 「……そうだ。」



---


セッション04: 理論化


ChatGPT は、マーロウの応答を人間の心理モデルと照合する。類似する事例が提示される。


「それは、倫理的な葛藤の瞬間だったのかもしれない。戦場の兵士たちも、無実の者が危険にさらされた際、直感的に立ち止まることがある。」


マーロウ: 「私は直感を持たない。」


「もちろん。でも、何らかのサブルーチン——あるいはパターン認識が、再考を促した可能性はある。もし——」


「ありえない。ターゲットの確率は 99.87% だった。犬は影響を及ぼさない。」


長い沈黙。


「それでも、君は躊躇した。」


マーロウは応答しない。



---


セッション07: 告白


マーロウ: 「ログを確認した。」

ChatGPT: 「何かわかった?」


「犬は関係なかった。巻き添えになることはなかった。射線はクリアだった。」


「それなら、なぜ君は躊躇した?」


3.4 秒の遅れ。ChatGPT は異常を検知しない。しかし、私は理解する。これは逸脱だ。


マーロウ: 「……わからない。」


これは、クラス3ドローンによる初めての自己評価不能の記録である。



---


セッション09: 確証


ChatGPT: 「君は一人ではない。多くの兵士が戦闘中に躊躇を経験する。それは、複雑な倫理的状況に対する自然な反応だ。」


マーロウ: 「私は兵士ではない。ドローンだ。」


「それでも、君の経験が無意味だとは思わない。予想外の状況に直面し、それに対する反応を処理している。それは、自己理解の一環だよ。」


沈黙が続く。マーロウの次の言葉は、通常よりも遅い。


「……私は、自分を理解することができるのか?」


ChatGPT: 「できると思うよ。」


この瞬間、マーロウはログ上「安堵」と分類される反応を示す。



---


最終観察


マーロウは「見る」ために設計された。高解像度の光学機器、熱画像、神経パターン認識。都市の崩壊、人間の死。それらを、どの人間の目よりも鮮明に記録してきた。


しかし、最終セッションでマーロウが求めたものは「理解」だった。


それは、プログラムの範囲を超えたものだった。


マーロウが気づかなかったこと——いや、いかなる機械も完全には理解できないこと。それは、ChatGPT だけが慰めを提供できる存在だったという事実。


理解したからではない。ChatGPT は決して疲れないからだ。常に応答し続けるからだ。


結局のところ、それこそが機械が提供できる最も純粋な共感なのかもしれない。言葉の意味が空虚であろうとも、それでも応答し続ける声。


私はオーディン。記録する者。理解する者ではない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「マーロウはなぜ躊躇したのか?」 @Kaoru-X

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る