ギャルと迷信とひなまつり

いろは杏⛄️

第五文芸部の日常―第1話:ひなまつり

 放課後、とある地方の高校――その第五文芸部の部室に私はいた。

 文芸とは名ばかりで、特に何をするわけでもないが、ただ私自身がこの部の部長であるため部員が来てもいいようにしているだけなのだ。


 まぁ、部員といってもこの第五文芸部には私ともう1人の部員しかいないのだけれど。

 そしてそのもう1人の部員は今私の長机を挟んで向かいに座っている。


「ねぇねぇ――ぶちょーちゃん」


 私のことを『ぶちょーちゃん』と呼ぶ彼女こそがもう1人の部員である高世たかよむつみである。


 私とは180度異なる、ゴリゴリのギャルなのだが、なぜかこの部活に属している。


 そもそもなぜ彼女がギャルになろうと思ったのか、私にはそれがわからない。彼女は何者にもなれるはずなのだ。


 長身でモデルのような体躯、それでいて美人さと可愛さが共存している偏差値80近い顔面。

 さらに成績は進学校であるこの学校でも最上位であり、噂によれば運動もばっちりらしい。


 普通にクールビューティー路線でも、ガーリー路線でも、それこそ清楚路線でもやっていけるはずなのに、彼女はなぜかギャルを選んでいた。


「ねぇ――聞いてんの?」

「わっ――ご、ごめんなさい。ど、どうしたの?」


 返事を疎かにしていた私は慌てて聞き返す。


「別に呼んでみただけなんだけど――そうだ、なんか面白い話とかない?」

「そ、そんな急に言われても――」


 そう言いながら壁にかけられているカレンダーを見て今日が3月3日――ひな祭りの日だったことに気づく。


「……面白い話ではないんだけどね、ひな祭りで思い出した。私の家ね、ひな祭りを3月3日にやったことがないんだ」

「へぇ――珍しいね。ぶちょーちゃん、そういうのちゃんとやりそうなのに」

「家の方針……というかそれが当たり前だったから……でもやらないわけじゃないないの。2月とかにやるんだ」


 私がそう言うと、高世さんはへぇ――と相槌を打ち続きを促してきた。


「……それで3月3日にひな祭りをやらない理由なんだけどね、ある迷信のせい――なんだ」

「迷信?」

「そう――雛人形を片付けるのが遅れると、婚期が遅れるっていう迷信」


 地域によって違いはあるみたいだけれど、私の母の地元ではそう言われていたらしい。


「なんか聞いたことあるかも!」

「あ、ほんと? それでね、年明けに雛人形を飾ったら3月3日を待たずになるべく早くひな祭りをやって、雛人形を片付けるようにしてるの」

「だからひな祭りを3月3日にやってないってわけね」

「そういうこと――」


 私はそこで一呼吸置いて、さらに話を続ける。


「――だったんだよね、最初は」

「最初は?」

「……うん。今は、なるべく早く雛人形を片付けることで逆説的に婚期を早めようとしてるの――30代独身の私の姉の……ね」


 なるほどねぇ――と高世さんが反応する。

 

 ちょっと反応が難しい話題だったかも――そう思って慌てて言葉を続ける。


「な、なんかごめんね――面白くもない話で。まぁ、迷信はやっぱり迷信だったし、なんだったら私の婚期まで遅くなったらどうしよう――っていうお話でした……」


 私がそう捲し立てる様に言うと、高世さんは某アニメの猫のような笑みを浮かべながら口を開いた。


「もし、ぶちょーちゃんの婚期が遅れちゃうようだったら――」


 その強すぎる顔面が私の眼前に迫ってくる。


「――あたしが貰っちゃうから、心配しなくても大丈夫だよ」


 少しでも動けば唇と唇が触れ合う――そんな距離感でこの強すぎる顔面と美しい声で、まるで愛の告白のようなフレーズを囁かれた私は、もはやだった。


「――なんてねっ♪」


 漫画の様に赤面しながら目を回す私に、その言葉はもはや聞こえていなかったのだった。

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