第24話 疑惑の正体
ずっと会いたかったあの人がもう亡くなっている事実に、胸が痛くなる。
お礼を言うこともできない現実に、打ちのめされた。
でも、はやくに母親を亡くしたカグヤのほうが辛いに決まっている。
私は、泣かないようにぐっとお腹に力をこめた。
「姫がずっと、お母さんのことを覚えていてくれたのを知って、すごく嬉しかった。でもヤシャル族のことは秘密だって、両親に強く言われていたから……だからこの間はごまかしたんだ」
「そうだったのね」
たくさんの秘密をカグヤは抱えていたのだ。
そんな様子はまったく見せなかった。気苦労もあっただろう。
「少し速めるけど、大丈夫?」
「ええ、お願い」
私たちは一路、都を、私の我が家を目指した。
「ルミドラ! ああ、無事で!」
「お母様、お父様も!」
リリヤヴァ宮の馬場口から、私たちが帰着すると、驚いたことにお母様、そしてお父様、変装したままのノエミが待っていた。
空は少しずつ明るくなっている。もうすぐ日の出だ。
ノエミの手を借りて、馬から降りると、お母様が私を抱きしめた。
「サシャから話は聞きました。こんな姿になって……無事でよかったわ」
みると私の普段着用のドレスは泥に汚れ、裾が破れてもいた。
私だけじゃない。ディアナもアマーリエもカグヤも、どこかしら服は痛んで汚れていた。
「君、早く手当をしたほうがいい」
お父様が声をかけたのは、ユディタだった。殴られた頬が、出発した時より腫れている。服も髪の毛も、半身が泥で汚れていた。
「まあ……ひどい……。誰か、冷やすものを! それとバルトン先生に使いを!」
お母様の背後に控えていた侍従が急いでその場を離れた。バルトン先生は、うちの典医だ。
「お気遣いありがとうございます、テオドル様、お妃様。それより姫様はお休みになってください」
「待って。サシャはもう着いてるの? あとマリアナたちは?」
私の疑問にノエミが答える。
「サシャの報告を聞いて、マリアナ、マルタ、ゾラは今回の首謀者の確保に出向いてます」
「え?」
私はぽかんとした顔をしたのだと思う。
「私たちも向かいましょう」
ディアナの言葉に、着いたばかりのアマーリエも、カグヤも再び、馬に乗る準備をする。
「ノエミ。ルミドラ姫の警護を。ユディタは手当を受けなさい」
てきぱきと指示するディアナに私は問いかける。
「ちょっと待って! もう首謀者って判ってるの? どこにいくの?!」
「……後のことはノエミに聞いて。私たちはもう行かなくては」
「姫、大丈夫だから!」
すでに騎乗の人となったカグヤが叫ぶ。
私が混乱している間に、三人は再び、出て行ってしまった。
「どういうことなの、ノエミ?」
私は、私はノエミを振り返った。
「姫、姫にセレニヤヴァ村に静養にいくように勧めたのはどなた?」
深刻な話のはずなのに、ノエミの口調は優雅で、まるでお茶に誘われているかのようだった。
「どなたって……ローベルトお兄様だけど……え?」
「やっぱりそうでしたか……」
侍女が持ってきた水に濡らした布で頬を冷やしているユディタが顔をしかめながら言った。
「別荘からの脱走路に敵が現れたから、あのルートを知っている者は限られているははずだから、まさかと思いましたが」
「そんな! お兄様が……?」
私は足下がぐらりと揺れる感覚に陥る。
お母様が私をそっと支えてくれた。
「私たちの内偵で、ローベルト王太子も怪しい人物に該当したのですが、まさかという思いもありましたの。ですけど、それを裏付ける証言をしてくれる人物が現れて、昨日の午後に確証が取れましたの」
ノエミが説明をしてくれた。
「なにしろ相手は王太子ですから、さすがに金糸雀隊でも独断で動けず……」
「それで、私に連絡が来たのだよ。それで城を退出してきたんだ」
「お父様……本当なの、では……」
信じられなかった。
幼い頃から、兄のように慕っていた。それにローベルトお兄様も妹のように可愛がってくれていた。そんなお兄様が、私と亡き者にしようとした?
「どうして……そんなことを……?」
「ルミドラがいなくなれば、ローベルトは王太子のままだ……王の座が惜しくなったのかもしれない」
「お父様、そんな、だって、お兄様はこれまでそんな態度を取ったことなんてなかった……!」
「ああ……私もだから驚いている……。ルミドラ。女王になるとはそういうことなのだ。辛いな」
呆然としている私を、お母様がそっと抱きしめてくれた。
「さあ、ルミドラ、着替えて休みましょう。ユディタ、あなたもいっらっしゃい。もうすぐ先生もくると思うわ」
「恐れいります」
お母様に促され、私たちは邸内に向かって歩きだした。
隣のノエミに尋ねた。
「あの、サシャやマリアナたちは大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫ですわ。ご安心なさって」
ふふっとノエミは笑った。
「私たちはお茶でも飲んで待ちましょう。朝のティータイムも素敵ですわ」
空は明るくなっていた。
陽が昇ったのだ。
「あなた、外が騒がしいようだけど」
「ああ、ちょっと見てくる。ウルシュラ姫を頼むよ」
現王の第一子で、王太子のローベルトは寝台から起き上がり、上着を羽織った。
妻のダニエラ妃はしどけなく横たわっていた。
ローベルトは、自分たちの寝台の横に置かれている、小さな子供用のベッドを覗きこんだ。
幼い娘・ウルシュラがすやすやと眠っている。
丸い頬、きゅっと結んだまま小さな唇。三歳になるウルシュラは可愛い盛りだ。
ローベルトはつい顔がほころんでしまう。
自分の子がこんなに可愛いだなんて、ウルシュラが生まれるまで思いもしなかった。
王太子の住むルジェニツァ宮は、城にほど近い場所にある。
かつては王宮であるルジェスキー城に住んでいたが、ダニエラとの結婚を機に、この宮に移った。
望めば城に残ることもできたが、いろいろと気詰まりなことも多い城より、ローベルトは外に出ることを望んだのだ。
王都・ルジェミルにいくつかある離宮の中でも、ルジェニツァ宮は一番豪華で歴史ある宮だ。
前の主は、ローベルトの伯母にあたるクラーラ姫だったが、彼女が亡くなり、寡夫となったデューター公が帰国して以来、誰も住んでいなかった。
五年前から夫婦で住み始め、姫も授かった。
国内外の政情も落ち着いており、平和な状況である。
国王である父親も健在であり、杞憂するべきことはない。
だけど、もっと幸せになりたいと思ってもいいだろう?
ローベルト王太子は、寝室を出た後、廊下で控えていた侍従に声をかけた。
「外が騒がしいようだけど、なにかあった?」
「申し訳ありません。今、様子を見にいかせております」
「そっかぁ……」
王太子は頷いた後。
「僕が見に行くよ」
「え、いえ、それは……」
制止しようとする侍従にはかまわず、ローベルトは宮の出入り口に向かった。
出入り口を固める警護の者に言って、扉を開けさせる。
ぎぎっと重厚な扉が開いた。
陽が昇り、朝のすがすがしい空気がはいってくる。
扉を開けた先で、外の警護の者と話していた彼女たちが王太子に気がついて、姿勢をただした。
「朝から騒がしいねえ」
「ローベルト王太子殿下、このような時間に申し訳ありません」
一歩前に出た美しい少女が一礼をする。
「マリアナ嬢か。凜々しいお姿だね」
「恐れ入ります」
金糸雀隊のマリアナと、その後ろに控えているもう一人の少女は、金糸雀隊の準礼服に身を包んでいた。華やかさでは、礼服には大分劣るが、きりっとしたデザインの動きやすい服だ。
戦えるように。
「金糸雀隊権限により、王太子に出頭していただきたく、お迎えにあがりました」
「おや」
ローベルトはいつものように肩をすくめた。演技ではない。自然に出たのだ。
「いったい、僕はなんの罪を犯したっていうんだい?」
「次期、王太女候補、ルミドラ・ソフィヤ・ルビニツァ姫を危険にさらした疑惑がございます。王太子に手荒な真似はしたくはございません。どうか、城までご同行願います」
マリアナともう一人の少女・サシャは深々と頭を下げた。
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