第21話 あの時の騎士


「ほら、ドレスもぴったりですわ」

「ノエミ、姫様とほぼ体格が一緒なんだわ~すごい」


 静養にいくために、私の「替え玉」を用意することになった。

 ずいぶん大げさだけど、私が都から離れていないということを演出するためだそう。どこかに出かけるわけではなく、宮で普通に過ごしてもらうだけだそうだけど。

 その「替え玉」を演じるのはノエミだ。

 マルタと共に、自室で衣装を合わせる。

 私の普段着のドレスを着てもらうと、ぴったりだった。


「でも、髪型はどうするの? さすがに私と同じ色には……」


 ノエミの漆黒の髪は、自然とカールが巻いていて華やかだった。対して私は、金髪でまっすぐ。


「はい。こんなこともあろうかと、入隊前にこれを用意してましたの」


 ノエミは足下に置いてあった袋から、あるものを取り出す。


「わ~かつら! よくできてる~」


 マルタの言うとおり、私の髪型に似せたかつらだった。ノエミは自分の髪を手早くまとめてかつらをかぶる。ちょちょっと調整するとかつらとは判らなくなった。

 金髪のノエミは見慣れないけれど、また違った雰囲気の美人になった。


「姫様、ノエミと並んでみて、あちらを向いてみてください」


 マルタに背を向けるようにノエミと並ぶ。横に並ぶと確かに背の大きさもほぼ変わらない。


「わ~すごいです! 背格好もそっくり。遠目からなら絶対判らないし、深めの帽子でもかぶったらご家族でも判らないかも!」


 興奮気味にマルタがいう。


「わたくしが金糸雀隊に選ばれたのは、姫様と背格好が似ているからだと思いますわ。不在の間は替え玉をしっかり演じますので、ご安心ください」

「では、私と同行するのは」


 マルタに聞くと。


「ディアナ、アマーリエ、サシャ、ユディタです。わたしもご一緒したかったのですが~こっちでやらなきゃ行けないことがありまして~~残念無念」

「姫様、美しい風景をみて、心が穏やかになるよう祈っております」

「ありがとう、ノエミ。私がいない間は、部屋は自由に使ってね」

「ふふ、贅沢な気分を味あわせていただきますわ」


 茶目っ気たっぷりに微笑むノエミ。

 私も少し気分が浮き立つのを感じた。

 

(ほんとうはカグヤもいたらよかったのだけど)

 

 金糸雀隊から、カグヤの話題が出ることはなかった。

 どうやらゾラがカグヤの家まで行ったのも、誰にも話していない様子だ。

 誰も口に出さないことが、かえってカグヤの不在を感じさせた。


 セレニヤヴァ村行きの日程もきまり、すでにローベルトお兄様にもこっそりと連絡を取った。

 リリヤヴァ宮の警護担当も、数人すでにセレニヤヴァ村に送りこんである。

 一般の静養客を装って、別荘に近いロッジを借りたそうだ。

 私たちも、友達同士で遊びに来た、という雰囲気を装うために、服装も普通の女の子ぽい動きやすいドレスやパンツを用意した。馬車の我が家の紋章がはいったものではなく、乗り合いの馬車を一時的に借りた。


 出発の朝、私、ディアナ、ユディタは宮の裏口から出て、路地に止めてあった馬車まで歩いて乗り込んだ。

 サシャとアマーリエは、馬ですでに出発している。途中で合流することになっていた。


 動き出した馬車の中で、ディアナが言う。


「今日はよい天気になってよかったわ」

「ほんとね」


 窓からの風景の移り変わりも楽しかった。

 進むにつれ、人や建物が減って行き、のどかな風景になる。

 都の外に出るのは、久し振りのことで私はその景色を十分に楽しめた。


 昼過ぎにはセレニヤヴァ村に到着した。

 山の麓の村は静かで空気が澄んでいるような気がした。

 林業と、そして観光業で主に成り立っていると聞いている。

 家族連れや、学生らしきグループも見かける。

 村の中心には、こぢんまりとした繁華街があり、食堂や商店、小さな宿屋や、役場が並ぶ。

 王家の領があるせいか、役場は立派な建物だった。

 

 目抜き通りから、山のほうの道に進むと小さな家が数軒並ぶエリアがあった。


「あれはロッジです。私も学生時代来た時は、ああいう施設を借りて、友達同士で食事を作ったりピクニックにいったの」

 

 ディアナの話を聞きながら、三角屋根の小さなロッジをみると、庭で遊んでいる子供の姿がみえた。家族で遊びに来ているのかもしれない。


「芸術家が創作活動のために滞在することも多いそうです。カフェに行けば、それらしき人物が芸術論を戦わせているのも、珍しくないとか」


 ユディタの説明に私は、驚きで頷く。

 小さな村だけど、いろんな人がやってくる場所なのだ。

 私は気分が浮き立った。


 王家所有の別荘は、ロッジが立ちならぶ一帯から、さらに山に近づいたところにあある。

 緩い坂道を登った先にそれはあった。

 一見、王家所有とは思えない質素な造り、だけど、それがかえって品がある別荘だった。

 先導していたサシャとアマーリエの馬がつながれているのがみえた。


 私は先に部屋に入らせてもらった。

 別荘につながる道の途中、小さな家があったが、管理人家族の家だそう。

 今は、30代の若夫婦が中心になって働いてくれてるそう。ディアナたちは、管理人からいろいろと説明を受けている間、私は先に休憩することになったのだ。

 

 一人がけの椅子に座る。部屋は広くはないが、修繕したばかりなのか木材の香りが落ち着く。

 ドアがノックされ、トレイにお茶を載せたユディタがはいってきた。


「村でとれたハーブのお茶だそうです。管理人の奥様が持ってきてくれました。アマーリエが味見済みです」

「ありがとう。ここ、とてもすてきな場所ね。気に入っちゃったわ」


 ティーテーブルにカップを置きながら、ユディタは。


「ご家族でこられたらよかったのでしょうけど。ミラン王子も残念がっていましたから」


 私はカップを手にした。すっきりとした香りた立ち上っている。


「お母様は、ミルオゼロ湖の事件から静養などは全て断っているの」


 ユディタが、はっと息をのんだ音がした。


「よっぽど恐ろしかったのでしょうね。姫様は大丈夫ですか?」

「ええ。私は……まだ子供だったせいかしら」

  

 お茶を一口飲んでみる。少し苦みはあるけれど、喉をすうっと通っていくと、香りが鼻に抜けていく。

 私は、立ったままのユディタを見た。


「……恐いことより、あの紫の髪の騎士のことのほうが思い出されるの」

「姫様……」

「やっぱり、夢や思い違いとは思えなくて……。私の思い込みなのかしら。何年もそう思っていたからどうしてもそうとは思えなくて」

「……いえ」

 

 いつもハキハキと話すユディタにしては珍しく、言いよどむ。

 そして、頭を下げた。


「私もあれから調べることがなかなかできずにいて、申し訳ありません」

「いいえ。カグヤがいない分、みんなの負担が増えているでしょう」


 なにげなく言ったつもりだが、ユディタは聡明な大きな瞳で私をじっと見た。


「姫様は、カグヤのことをどう思っているのですか?」

「……私のせいで申し訳ないと思っているわ。でも、そう思うこともいけないのよね」

「姫様が、金糸雀隊のことでお心を乱す必要はないのです」

「伯母様……クラーラ姫はどうされていたのかしら……」


 クラーラ姫にも金糸雀隊はいたはず。私は幼かったせいか、その存在があまり印象にない。

 伯母様は、一緒に音楽会に行ったりもしたということは聞いていたけど、どのように接していたのだろう。


 夕食は、管理人夫婦が用意してくれた、地元の食材の料理をいただいた。

 私たちが滞在中、ご夫婦で泊まり込んで世話をしてくれるという。

 みんなで食卓を囲んでの食事は初めてだった。

 ユディタが、この村の古くから伝わる伝説を教えてくれて、みんなで感心した。

 私も、とても気分がよく久し振りにたくさん食べた。

 この時間は、最近の悩みや不安を忘れることができた。


 明日も天気がよいらしく、ピクニックに行く計画を立てた。

 珍しい花も見られるという。

 一同解散となり、それぞれの部屋にはいった。

 いつもは侍女が寝る支度を手伝ってくれるが、今日はディアナが髪をすいてくれるという。

 

「ディアナ、ノエミももう寝たかしら? 私のベッドで」

「ふふ、枕が変わって寝付けないかもしれないわね」


 そんな静かな時間に、何者かが別荘を襲ってきたのだ。


  




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