第4話 金糸雀隊の面々

 その声の持ち主たちが階段から降りてくる。


「このままじゃ部屋が片付かないよ~」

「ゾラがやっておいてくれていいのよ」


 異国風のドレスの黒髪の少女と、顎までのぱっつり切った短い髪の少女。こちらはブラウスにパンツの軽装だ。

 二人は階下までたどり着くと、あきれた様子の私たちに気づいた。

 そして、短髪の少女が「あ!」と声をあげた。

 ディアナが厳かに言う。


「姫の御前よ」

「し、失礼いたしました!」


 焦った様子で短髪の少女は、一歩下がり頭を下げた。

 だけどもドレスの少女は、私を見て、にっこりと微笑む。

 そしてスカートの裾を持って、優雅な仕草で一礼をする。


「失礼いたしました。金糸雀隊に任命されたノエミ・モンテロ・ザルニツカでございます。姫様にはご機嫌麗しゅう。このようなお近くでご拝謁いただき、光栄でございます」


 完璧な仕草と完璧な口上。彼女が上流階級の出身であることがわかる。 

 それに。


「お楽になさって。そのドレスはアルマディアのものかしら?」

「はい。生まれ故郷にいる母が送ってくれたものです。姫様の前で失礼のないようにと、最上級の布で作らせたと聞いております」

「とても素敵だわ」

「ルミドラ姫は、わたくしの身の上もご存じなのですね。お気遣いいただき、恐れ入ります」

「ええ、アルマディア生まれと聞いたわ」

「はい」

 

 なめらかな少し浅黒い肌、大きな瞳は漆黒で、豊かな髪は自然とカールが巻いている。海洋国・アルマディアの空気を彼女はまとっている。にっこりと微笑むとさらに華やかだ。


「わたくしの母は、遊学中の男性と恋に落ちてしまいました。それが私の父。アルマディアの貴族の息子でした。母は家族の反対を押し切って、アルマディアに嫁ぎ、生まれたのがわたくしです」


「うわあ……まるで小説みたい」


 目をキラキラさせながらマルタが言った。私も同じように思っていたところ。


「ですが母の実家……ザルニツカ家には跡継ぎが残りませんでした。それで祖父が私を養女に迎えたいと申し出たのです」

「生まれた国を離れるのは大変だったのじゃなくて?」

  

 私の問いにノエミは首をふった。


「いいえ! 母からハーデ国の話はたくさん聞いてました。母は別に国が嫌いで離れたわけじゃありませんし、懐かしく思っていたのでしょう。わたくしも興味がありました。それで三年ほど前に祖父母の養女になったのです」

「そうだったのね」

「金糸雀隊に入隊したこと、母も父も大変光栄に思っておりますの」

「それで、山のようにドレスやら、贈り物が届いているんだよねえ」


 からかうようにアマーリエが言った。


「そうなんですよ、アマーリエさん! 聞いてください。部屋が大変なことに!」

「ゾラ、先に姫様にご挨拶を」


 ディアナの言葉に、ゾラと呼ばれた彼女は、さっと顔色が変わった。


「ももも、申し訳ございません……!」


 ぴっとゾラは姿勢を正した。


「ゾラ・ツェルニと申します! 金糸雀隊のお役目をいただき、大変光栄に存じます! 姫様のお役に立てるよう精一杯努力いたします!」


 元気いっぱいの宣言に、まわりのみながくすりと笑う。周りを明るくする、日の光のような女の子。そんな印象を受けた。


「ゾラは、宮廷音楽団のツェルニ夫妻の娘さんだよ」 


 マリアナの説明を聞いて、私は尋ねた。


「では、あなたも何か楽器を?」

「いえー……それが、私にはまったく音楽の才能がなくて、体を動かすほうが好きで……」


 ゾラは恥ずかしそうに手をもじもじとさせる。


「体操や運動の点数だけはよかったので、親にそちらの才能を伸ばせと中等学校の後に軍の養成学校に入れられまして、はい」

「ゾラの身体能力はすごいよ。足も速いしね」


 マリアナの言葉に、一同頷いている。ゾラは、恥ずかしそうに笑った。


「素晴らしい才能をお持ちなのね」


 私はゾラとノエミが降りてきた二階を見上げる。


「確か、二階がそれぞれのお部屋があるのよね。工事にはいる前に図面はみたわ」

「はいっ、二人部屋が四つありまして、私たちはそこで寝起きします」

「二人部屋……」


 私は少し眉を顰めてしまう。貴族の出自が多い金糸雀隊の面々が、二人部屋でいいのだろうか。

 特にディアナの家は、貴族の中でも格式が高い家柄で、素晴らしい邸宅に住んでいた。


「ここ、もう少し広く作るべきだったのではなくて? 窮屈ではないかしら」

「確かに二人部屋で暮らすなんてはじめてだけども」


 ディアナが苦笑した。


「私たち、金糸雀隊が親睦を深めるのにはちょうどいい広さではないかしら? 私たちはこれからずっと一緒にやっていかなくてはいけないのだから、早くお互いを理解しなくてはいけないのだし」


 この言葉に、みなが頷いた。

 家族や友人から離れ、この広くはない場所で九人で生活をする。私の警護もあるのだから、昼も夜もない生活になるだろう。

 ここ王都ルジェミルの若い女子の間ではカフェーに行くのが流行っていると聞いている。学校や仕事が終わった後に、街角のカフェーで香りのいいお茶を飲みながら、甘いお菓子を食べて、友達同士や恋人と過ごすのだ。

 以前マリアナがお忍びで、一番人気のカフェーに行ってみたと聞いたことがある。おしゃれした女の子たちで賑わっていて、お茶のカップもとてもかわいらしかったと話してくれた。

 彼女たちは今後はそういった生活は難しいのかもしれない。

 

 私のために。


「姫、どうかした?」

 マリアナの言葉にはっとする。

「あ、いえ、なんでも……ああ、そういえば一人、姿がないようだけど」

 目の前には八人。金糸雀隊は九人。


「やだ、カグヤが。呼んできます」

 

 ゾラが、リビングから建物の中心を貫く廊下に向かった。

 リビングと廊下の間には扉もなく廊下がみえる。

 確か、図面をみた記憶では奥に部屋が二つと、水回りに倉庫部屋があったはず。


(図面みた時に、バスルームが狭いと思った記憶がある。なんだか申し訳ないわ)


 ゾラがリビングでてすぐ、右側の部屋のドアをノックする前に、ドアがあき、一人の人物が出てきた。


「あっ、カグヤ。早くリビングに」

「え?」

 

 あくびをしながら彼女はこちらに向かってくる。

 その姿に、気まずい空気が流れたのが判った。

 下は黒いズボン。これは他のメンバーも身につけているようなものだったが、上半身は、袖のない下着。

 胸元も大きく開いていて、薄い胸元が丸見えだ。

 袖がないので、肩も丸出しとなっている。細身の肩は骨を感じさせる

が、そこから伸びる腕はすんなりと細い。私はその細さにどきりとした。


「ちょっとぉ、カグヤ! 姫様の御前にそんなはしたない格好で!」


 憤慨したように言ったのは、マルタだった。

「え、姫様……?」


 ぼんやりとした目つきのまま、カグヤと呼ばれた彼女は、あたりを見渡した。どうやら寝ていたようで黒い髪の毛に癖がついている。

 そして、視線が私に止まると、かっと目を見開いた。

 みるみるうちに顔が赤くなり、慌てたように隣にいたアマーリエの影に隠れる。


「ちょっと、私をついたて代わりにしないでよ」

「だ、だって……姫様が……」


 ふうっと、あきれたようにマリアナがため息をついたが。


「姫、彼女はカグヤ・ストレガ。ストレガ大臣のお嬢さんです」


 ストレガ大臣の名前は、お父様から出たことがある。

 平民の出ながら、政治や経済に精通していて、卓越した政策を次々に提言。実行すれば成果が出ており、ダヴィト王も一目置いているとか。


「もー。カグヤは金糸雀隊であることの自覚が足りないの。足りない! もっと緊張感を持ってちょうだい!」

 

 マルタがまだ憤慨していた。


「マルタ。そんなに怒らないで」

「はっ、ひ、姫様!」

「ここはあなたたちの住居。どのような格好で過ごしてもかまわないわ。私だって、部屋では薄衣のドレスだけで楽にしているわよ」

「ひ、姫様が……!? それはそれで……あ、いえ、失礼いたしました」


 私の言葉にマルタはうんうんうなずき、静かになった。


「カグヤ。これからよろしくね」

 

 まだアマーリエの影に隠れているカグヤにそう声をかけると。


「お、お願い……します……」


 蚊の鳴くような声で返事が返ってきた。

 思わずくすりと笑ってしまうと、ゾラやノエミ、アマーリエも笑いだした。

 

 ちょっと楽しいかもしれない。

 

 学友はいたけど、同じ年頃の女の子たちとこんなふうに笑い会う機会の少なかった私はそう思った。



 

  

 

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