花車廻る

あまるん

第1話

 春、雪解け水でかさ増しした川の流れも淀む場所に籠があった。花が縁に縫い付けられ水影にも映らない。

 これは大人には見えない類のものだと結衣ゆいは気づいた。

 結衣は7つを越えてしばらく経っても見えなくなることは無かった。祖母譲りの暗い目のせいなのだろう。

 籠の中には形の定まらない光や花や葉を織り上げた人形が二体並べられている。

 本日は旧暦の三月三日。山姥の雛人形が流れ損ねているとみえる。

 姿の霞んだ女児が土手から石段を降りてきた。古ぼけたランドセルを背負ったまま迷いなく川べりに手を伸ばす。細い首が川に前のめりになる。

「危ないよ」

 結衣の言葉に籠を拾い上げた子は驚いた顔をしてこちらを見上げる。花を縫いつけた籠は雛祭りのお菓子、花車に見えた。籠を強く抱きしめて子どもは首を振った。

「でもこれがいるってお母さんが言ってたもん」

「そう、じゃあ仕方ないね。貰ったらいいよ」

 女児は笑顔になった。

結衣が予想していた通りこの子にも影がない。近くの病院跡地の公園からきたのだろうか。

 女児は籠の中から花や蔓、赤い葉が丁寧に縫いつけられて細い糸で刺繍された人形を取り出す。

 愛しそうに撫で上げると子供は籠をまた川に置いた。

「もう一つはどうするの?」

 結衣はまた流されようとする形の定まらない人形を不憫に思ってしまった。

「もう一つ?」

 子供の言葉に結衣は籠を拾い上げる。

「ほら、こっちの子」

 菖蒲の花や緑の葉で丁寧に作られた人形を持ち上げた。

「男の子の人形では遊ばないもの」

 そういってその子は背が伸び背丈の変わらなくなった人形と歩いていく。

 山姥の雛人形は困ったことに男雛が結衣と変わらぬ背丈になる。元々が大きいものなのだろう。

「どうしよう」

結衣が迷っていると男雛は伸びをした。

「私のことはお気になさらず。知り合いに挨拶してからいきますから」

 じゃ、と会釈をしてから男雛は歩いていく。結衣がよく見ると少し古めかしい登山靴が見えた。

 結衣の手元には籠が一つ残る。中には御所車が残っていた。幸いを集める花車、これも取り出したら勝手に走り出すのだろうか。籠の中の車からは美しい着物の裾がはみ出ているように見えて結衣は拾うものあり、と呟いて川へと籠を戻した。

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花車廻る あまるん @Amarain

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