おだいりさまの秘密
一途彩士
不思議なおだいりさま
我が家ではわたしが小さいころから、二月の後半になるとわたしの子供部屋におひなさまを飾られた。三段階段の一番上に座るおだいりさまとおひなさまは幼いわたしの憧れだった。
明るくきらきらとした十二単を着こなすおひなさまに、高貴な雰囲気をまとうキリリとしたおだいりさま。ふたりを支え楽しませる三人官女に五人囃子。見ているだけで楽しくて、みんなといっしょにカスタネットをたたいたり、小物で人形遊びをしたり、半月くらいだけの子ども部屋のおともだちだった。
夜、眠るときはベッドで左を向くように横になると、ちょうどひな飾りが目の前に見えた。わたしはその光景が大好きで、この時期の就寝準備のはやさは
おだいりさまとおひなさま、なかよしだなあ。なにをはなしてるのかなあ。
寝る前には、(ふたりが夜中にこっそりお喋りができるように)なんて考えて、ふたりを内側に向けて座らせたりした。顔を見合わせて談笑している姿を見ながら、わたしは眠りについていた。夢の中ではふたりといっしょにわたしもおしゃべりができた。
でも朝起きると、おだいりさまはおひなさまに向いていた姿勢から、わたしの眠るベッドの方に体を戻していた。おひなさまの体勢は変わらない。次の日も、また次の日も、朝になったらおだいりさまはこちらを向いている。
そんな日々が続くものだから、もしかしたらふたりって仲が悪いのかも、とわたしは思い至った。しゃべることができないから、おだいりさまは行動で示しているのではないか。
わたしはよかれと思ってしていたけれど、当人たちにとっては違ったのかもしれない。生まれてはじめての葛藤で、頭をぐるぐる悩ませた。気の利いた答えは出せなかった。
わたしは最後には、両親に「ひなかざりをかざらないで」とわがままを言った。もしもわたしのせいでケンカをしていたらと思うとかなしくて、夜に眠るのが怖くなったからだ。
わたしの願いを聞いた両親は優しく、しょうがないなあと笑った。やさしくわたしを抱きしめて、「今日は私たちの部屋で寝よっか」といっていたので、たぶん、人形が怖くなったのだと思われたのだろう。
でも、おひなさまを飾るのも年に一回のことだからとやめることはせず、わたしの部屋じゃない場所に飾られることになった。
毎晩見るものじゃなくなって、次第にわたしもどうしてひな飾りが自室に飾られなくなったのか、理由も忘れて気にしなくなっていた。
「なつかしいなあ」
ひな飾りと眠らなくなってから十数年経った今年は、久しぶりに自室にひなかざりを飾った。もうすぐ実家を出ることになったから、母がせっかくだからとひなかざりを押し入れから出してきたのだ。
飾っている最中、ふと、遠い記憶となっていた昔の不思議な出来事を思い出した。
結局、あれはどういう理屈で起きていたことなんだろう。両親がいたずらで動かしていたとは思えないし、わたしの勘違いだったのだろうか。
それでも、毎晩きっちりふたりの向かい合わせにセッティングしていた熱意が確かにあったので、朝になったらこちらを見ていたおだいりさまはやっぱり不思議だ。
「なーんで動いてたの?」
ひとりごちて、一番上の階段におだいりさまを並べる。先に支度を終えていたおひなさまとお似合いのおだいりさま。母が毎年きちっと手入れをしていたそうで、ふたりも、三人官女も五人囃子も梅の飾りも、どれもきれいである。
でも一人娘のわたしが家を出るから、もう会う機会は減るだろうと考えると、少しさびしい。
「よし、終わり」
すべて飾り終わって、満足感でいっぱいになる。ちょうどいいところに、リビングから、昼食の用意ができたことを知らせる母の声が届いた。
「はーい!」
部屋を出る前に、見本通りに並べ終わったひな飾りをもう一度眺める。
そしてやっぱり、上段のふたりを見合わせる様に並べなおす。こっちのほうがいいんじゃないかな。お似合いだし。
あのころの謎はきっとこの先も解決しないだろうけど、それでもいいと思った。昼食を食べ終わって部屋に戻ってきたら、おだいりさまの体勢は変わっているだろうか。
おとなしくおひなさまとおしゃべりをするおだいりさまに、ちょっと笑いかけてみる。
「もしかしてわたしが好きだったから、こっちを見てたの?」
なんてね。
再度わたしを呼ぶ母の声に返事を返して、自室を出た。
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