2 あちらの恋を立てればこちらの恋が立たぬ

ドラマーはバンドの調整担当だ

「おはよー美弥ちゃん!」

「ごめん桃ちゃん、ぎりぎりになっちゃって」


 あかりに続いてわたしが声を掛けると、駅前広場の柱にもたれかかっていた桃ちゃんが手を上げる。その横には美弥ちゃん。

 立っているだけで汗が吹き出すような猛暑の中でも、やっぱり美弥ちゃんは桃ちゃんにくっついている。遠くから見てると、あそこだけ気温がちょっと高そう。



「大丈夫。私たちも今来たところだから」

「え、桃、約束より10分も早く美弥を迎えに来た」

「それは……ほら、バンドメンバーで遊ぶの楽しみだったし」


 そういう桃ちゃんはいつも通りの古着スタイル。兄弟姉妹の多い桃ちゃんの家では、新しい服はなかなか買ってもらえないのだという。

 対照的に美弥ちゃんは白いサマードレス。桃ちゃんの家で要らなくなったのを分けてもらったとのことで、美弥ちゃんが私服で来るときはほぼこれだ。


 こうして見ると、幼馴染というか姉妹である。

 わたしが同じようにあかりの隣に立っていても、モデルさんとマネージャーぐらいにしか見えないのに。

 わたしたちと美弥ちゃん桃ちゃんはどこが違うのだろうか。



「よし、じゃあさっそく行こうか! 今日はあたしが、美弥ちゃん桃ちゃんをコーディネートしちゃうよ!」

「ごめんね、あかりが舞い上がっちゃって。昨夜全然眠れなくてそれで朝なかなか起きなかったんだよ。遠足の前じゃないんだから」


 わたしとの対比でますますナイスバディ度が上がるあかりは、美弥ちゃんと遊べるからなのか、いつも以上にテンションが高い。

 相変わらず、猛暑日なのに黒が基調の私服姿だが、それがボディーラインを際立たせ、女子のわたしでも思わずドキッとしてしまう。



 いやいや、今日はあかりに頼まれて、あかりと美弥ちゃんをくっつけるために来てるんだ。


 あかりの提案に乗っかり、新しい夏服をバンドメンバー4人で買いに来た。


 頃合いを見て、わたしが適当な理由をつけて桃ちゃんを誘い出す。

 桃ちゃんと一緒にいたいであろう美弥ちゃんには少し申し訳ないけど、わたしも幼馴染のためなんだ、許してほしい……



 ***



「うーん、桃ちゃんやっぱり似合ってるねえ」

「そ、そう?」

「桃、可愛い」


 隣町の、駅に隣接したショッピングモール。

 その中の服屋さんで、さっそくあかりが桃ちゃんにいろんな服を着せては楽しんでいた。


「えっと、彩ちゃんはどう思う?」


 のんびりと自分の服を選んでいたわたしは、急に聞かれて慌てて更衣室の方へ入る。



 あかりのセンスは独特だ。

 今日みたいな暑い日に黒のコーディネートで固めてきたり、どこに売ってるの?って言いたくなる謎の言語が書かれたシャツを着てきたり。


 あれで成立してるのはあかりのスタイルが良いからで、あのノリを他の子に押し付けても……



「あっ、良いんじゃないかな」


 あれ、普通に良い感じだな。

 というかあかりほどじゃないけど、桃ちゃんもちゃんと出るところ出てるじゃないか。

 全くうらやましい。



「本当? じゃあ今度のライブ、これで出ようかな私」

「それはダメだよ。ライブの衣装はちゃんと皆で合わせようって決めたし」

「あ、そうだね。じゃあライブ用の服も今日買っちゃう?」

「ちょっと、わたし今日そんなにお金持ってきてないよ」


 あかりが言うなら、と思ったけどそんなわけにはいかない。

 ライブの衣装は裁縫ができる桃ちゃんを中心に、揃いの服を少しずつアレンジして作る予定なのだ。

 サイズとかも気にしなきゃいけないし。

 高身長のあかりと、わたしや桃ちゃんと、小さな美弥ちゃんと4人で揃いの柄。


 桃ちゃんは、多少サイズ合わないぐらいなら自分が縫い直すとか言っていて、ありがたいけどそれに頼りっきりというわけにもいかない。


「でも、そろそろ衣装もちゃんと探さないとねー。美弥ちゃんは良いのある?」

「うーん……」

 あかりの言葉に、美弥ちゃんは桃ちゃんの方をチラチラ。


 桃ちゃんが何かこれにしたいって言ったら、美弥ちゃんが同意して、それを見てあかりが同意する、ってことになるのだろうか。



 桃ちゃんしっかりしてるから、それでも無難にまとまりそうではあるけれど……

 もしそれでダメだったら、わたしが止めることになるのか。


 衣装選びだけじゃなくて、いろんなことで。

 やっぱりこのバンドのリズムを整えるのはわたしらしい。



「まーいいや、次は美弥ちゃんの服を選ぶよ! ほら入って入って!」


 あかりは意気揚々と、桃ちゃんと入れ替わりで美弥ちゃんを更衣室の中に入れる。

 そしてわかりやすくウキウキしながら売り場の方へ。


 さて、そろそろ桃ちゃんを誘い出してあかりと美弥ちゃんを2人っきりにさせてあげるか。



「ねえ桃ちゃん」

「彩ちゃん、私彩ちゃんにも服選んでほしいな」


 えっ?


「わたし、に?」

 わたしの声を遮って、桃ちゃんが少し食い気味に喋ってくる。


「うん。ほら……私、好きな人がいるって言ったじゃない? それを参考に、ちょっと他人の意見が欲しくて……」

「あかりのセレクト、不満だった?」

「あ、そうじゃないんだけど、ほら、好きな人がいるって言ったの、彩ちゃんだけだから」


 むむ、ということはこの前の相談の続きということか。

 桃ちゃんは、好きな人がいるということをやはり極力他の人に話したくないらしい。



「でもわたし、あかりみたいにおしゃれとかあまりしないし」

 そうだ、桃ちゃんのことあかりに話して選び直してもらおうか……



 いや、だとしても今はダメだ。

 あかりが楽しそうに美弥ちゃんをコーディネートしている今は。


 わたしはあかりに桃ちゃんを引き離すようお願いされている。

 思ってたのとはちょっと違う展開だが、これはこれで悪くない。



「じゃあ、お店変えようか。向こうの服屋さんにしよ」


 わたしは桃ちゃんと一緒に歩き出す。



 あかり、わたしはやることやったぞ。

 思う存分、美弥ちゃんと一緒にいてくれ。



 ***



「桃ちゃんの好きな人って、結局どんな人なの?」

「えっ! それは」

 さっきまでいたお店の、道を挟んで反対側にあるお店へ移動してきたわたしと桃ちゃん。

 シャツのコーナーを見ながら、わたしは改めて聞いてみる。


 しかし、わたしが聞いただけで桃ちゃんは、顔を赤くしうつむいてしまった。


「わたしも知ってる人、なんだよね?」

 確認すると、桃ちゃんはうんうんと首を縦に振る。

「ってことはやっぱり、ライブハウス関係の人?」

 これにも桃ちゃんは首を縦に振る。


「えっと、大人の人? あ、大人というか、わたしたちより年上?」

「……違う」


 ようやく小さく返事した桃ちゃん。

 わたしが聞いた以上のことは答えてくれない。

 

 これはなかなか手強い相手だ。



「でも、その好きな人ってのを意識して服選びたいんだよね? それが誰かわからないと、わたしとしても考えようがないというか」

「じゃあ、彩ちゃんが好きな人をイメージしてよ。その人が着てたら嬉しい服」


 えっ?

 思ってもなかった桃ちゃんの返答に、答えに詰まる。


「わたしいないよ、好きな人なんて」

「そしたら、仲良しの人でいいから」


 うーむ……

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