家具付き格安物件

@kanae2005

第1話 リンダさん

「ねぇ、カナちゃん。次の土曜日引っ越し手伝ってくれない?」

アルバイト先の休憩中、パートのリンダさんに声をかけられた。


リンダさんは私より一回り年上のフィリピン人のパートさんだ。

一緒に働き始めてもう2年になる。

私は大学生なので週に2回くらいしかシフトは被らないが、一緒になるとよく話しかけてくれる。


「リンダさん引っ越しするの?」


「そうなの!すごく安い物件見つけた!しかも家具付きだからすごくお得!」


「家具付き物件??珍しいね。引越しの手伝いって何するの?重い荷物とかは運べないよ」


私は手元のスマホでスケジュールアプリを開きながら答えた。


「家具も家電もあるみたいだから、今の家のものはほとんど売るから大丈夫!荷物をバラすの手伝って欲しい」


彼氏のコウタとのデートは日曜だった。

土曜は丸一日フリーだ。


「うーん、、金曜の夜は友達と予定あるから〜、土曜の午後からならいいですよ」


正直ちょっと面倒だったが、ヒマだったしまぁいいかとオッケーしてしまった。

あとから思えば、どんな理由を付けてでも断れば良かった。

今となってはもう遅すぎるが。


そして約束の土曜日。

私の家からリンダさんの引越し先までは電車で二駅だった。

電車で向かう途中、コウタにLINEをした。


「今バ先のパートさんちに向かってる」


一分もしないうちに既読がついて返信が来た。


「こないだ言ってたやつね」

「がんばれ笑」


「おわったら連絡するね」


すぐに駅に着き、Googleマップを開いて目的地に向かう。

駅からは歩いて15分くらいの距離だ。


「結構歩くなぁ…」


駅前こそ栄えているが、駅から5分も歩くと畑がポツポツ見え始め、古い昔ながらの建物が所々に建っている。


まだ夏の暑さをわずかに残した10月は、上着がなくても充分な気温だった。

天気も良く、のどかな町を歩くのはさわやかで気持ちが良かった。


「この辺のはずだけど。。」


Googleマップで確認するともう目的地にかなり近付いていた。

古そうなアパートが数軒建っていて、どうやらこの中の一つのようだ。


スマホの画面を切り替えてリンダさんに電話する。


「もしもー…ザザッ…ぃた〜…?」


電波が悪いのか、リンダさんの声はノイズのような雑音の中、途切れ途切れに聞こえた。


「もしもし?リンダさん、電波悪くない??お家の近くついたから出てきてくれない?」


「…ッザザーー…ザーーーーーー」


ノイズの後、唐突に通話が切れた。

少し苛立ちを覚えながら画面に目を落とすと、5Gでちゃんと電波もきている。


仕方なくもう一度通話をかけようとすると、前方から私を呼ぶ声が聞こえた。


「カナちゃーん!こっちこっち!」


顔を上げると、リンダさんがエプロン姿でこちらに向かって手を振っている。


「ごめんね、なんかあの家、電波悪いのよ」


リンダさんに案内され、アパートの前まで来ると、あまりの建物の古さに少し引いてしまった。

薄汚れたクリーム色の外壁は所々ヒビが入っていて、プロパンガスが何本か外壁沿いに設置されていた。


『みなしまコーポ 3』


と書かれた看板は、錆びて今にも外れそうだった。


「ここの301号室よ!遠いところまでアリガトウ!」


リンダさんの部屋は、サンダルを挟んでドアが閉まらないよう開け放していた。


中を覗いてギョッとした。

まるで何十年も人が住んでいるようだったからだ。

たった今引っ越してきたような家には見えない。


玄関を入るとそこはもうダイニングキッチンだった。

床はグレーのフェルトのような絨毯で出来ており、大きな4人がけのテーブル、古い食器棚に、キッチンの横には昭和を彷彿とさせるような角ばった冷蔵庫が置かれていた。

テーブルの上には洗った後の食器が所狭しと並べられている。

リンダさんはシンク前に立つと、慣れた手つきでゴム手袋をはめて食器を洗い始めた。

キッチンには見たことのないパッケージの食器用洗剤が置かれている。これもかなり古そうなデザインだ。


「お、おじゃまします」


靴を脱いでそうっとダイニングに足を踏み入れると、足の裏にザラっとした砂の嫌な感触を覚えた。


せめてスリッパとマスクくらい持ってくれば良かった…


ドアは開け放しているものの、埃のようなカビのような、なんとも嫌な空気が鼻をつく。


「ねえ、家具付き物件って、、このお家の家具、まさか全部ついてたの?」


「そうよ!すごいでしょ!食器も日用品もたくさんあるの。すごいお得だよね〜」


全然お得じゃない…

家具付き物件とは聞こえが良いが、これって前住んでた人がそのまま夜逃げでもしたんじゃないの?


と、思うような異様な物件だった。

家具はもちろん、食器もサイドボードに収納してある本、メモやどこかの地方の郷土品など全てがそのままにしてある。

リンダさんの持ち込んだ荷物は、おそらく部屋の隅に置いてある段ボール5〜6箱くらいなものだろう。


「え、、リンダさん、、わたし何したらいいの?」


「そしたらテーブルの上の食器を拭いて、棚にしまってくれる?」


テーブルの端に置いてある布巾はどうやらリンダさんが買ってきたものらしい。

少しホッとして布巾で食器を拭き始めた。


「この食器も全部ついてたやつ?」


並べられた食器はどれも4枚セットになっており、黄ばんだシミが付いているものや、薄くヒビが入っているものもあった。

小さなお茶碗や、ピンク色の子ども用の食器もある。


「そうなの、食器すごく多いよね!ファミリーが住んでたのねきっと!」


食器を拭いては棚に入れる作業をしながら部屋を見渡していると、部屋の奥に二階へと続く階段が見えた。


「ここ二階建てなの?二階にも部屋あるんだ」


「あー、そうだった!埃すごいから二階の窓も開けておかなきゃ。カナちゃん、開けてきてくれない?」


「えー!やだよ、怖いもん。なんか階段暗いし。リンダさん一緒に行こうよ」


「アハハ、怖いの?カナちゃんかわいいね」


笑いながら蛇口をキュッと締めて、リンダさんはゴム手袋を外した。

リンダさんの後に続いて階段の方へ向かうと、なんだかヒヤッとした冷気を足元に感じた。


2階は雨戸を閉めているのか、真っ暗で何も見えない。

でもなんとなく嫌な重苦しい空気を感じた。


リンダさんは何も気にすることなく、階段を上がっていく。

私はその後に続いて銀の手すりを掴みながら恐る恐る登っていく。

ギシギシと階段が軋む音がする。


二階の部屋にリンダさんが上がり、パチっと電気を付けた。


「キャアッ!!!」


パッと明るくなったその部屋には、8段飾りの雛人形が置かれていた。

かなりの長期間置かれたままだったのか、人形も飾りも埃で白くなっている。

突然現れた予想外の雛人形に、心臓がドッドッドッと鳴っている。


「これ日本の文化でしょ?すごいよね、売ったら高くなりそう!」


「リンダさんメンタルどうなってんの…

超ビックリしたんだけど…」


涙目の私を他所に、リンダさんは気にすることなく窓と雨戸を開けた。

外の明るさが部屋へ差し込むと、この部屋の異様さがまた一段と浮き彫りになる。


二階は前の家主の書斎だったのだろうか。

焦茶色の艶やかな立派な机に、同じ素材の本棚が置かれている。

本棚にはガラス戸が付いており、中には分厚い本がギッシリと並べられている。


「そういばカナちゃん、これなんだか分かる?」


そう言うとリンダさんは部屋の奥の押し入れを開けた。


「え…なにこれ…」


押し入れは、上段が神棚のようになっていた。

白い陶器の花瓶やお猪口が飾られており、社が戸を開けた状態で飾られていた。

社の中には紫色をした布の塊?のようなものが置いてあるがよく見えない。


神棚は知っているが、こんなサイズで、押し入れの中に作ってあるのなんて見たことがない。


「なんかこれ、ちょっと神聖な感じする。日本人はみんなこういうのあるの?」


「いや、、、なんだろう、神棚っていう神様を祀る為のものなんだろうけど、こんな感じのやつは私も初めて見た。みんな神棚持ってるわけじゃないけど、神棚自体は割と日本では一般的なものだよ」


「ふうん、そうなんだ。知らなかった」


古い神棚に雛人形…もうなにこの家…怖すぎるんだけど…

もう帰りたい…


そんなことを思っていると、押し入れのもう片方をリンダさんは開けた。

下段に何かあるようで、リンダさんは下段にモゾモゾと上半身を入れていた。


その時、背後でガタンっと大きな音がした。


心臓が跳ね上がるほどビクッとして、後ろを振り返った。

すると、階段を塞ぐ形で雛人形が移動していた。


「えっ?えっ?なに?なんで?」


たったさっきまで雛人形は階段を上がった右側の部屋の隅に置かれていたはずだ。

置かれていたはず、じゃない。

置かれていた。

なのに、このたった一瞬で雛人形はここまで移動している。

意味がわからない。なんで???


半ばパニックになりながら、でも雛人形から目を離せずリンダさんを呼ぶ。


「リンダさん!ねえ、雛人形が!なんで?ここになかったよね?」


リンダさんからの返事がない。


リンダさんの方を向きたいけど、雛人形から目を離したら、背を向けたら、次の瞬間には私のすぐ背後に迫ってきそうで、身体が硬直して動けない。


「リンダさん、リンダさん!!!!!ねえ!!!!!!!」


もう絶叫に近かった。

しかしリンダさんからの返事はない。

怖すぎて視界が涙でボヤける。


拳を固く握りしめ、意を決してリンダさんの方を振り返った。

リンダさんは押し入れの左側の下段に、私に背を向けた状態で座っている。


「リンダさんてば!」


肩をガッと掴むと、首がグランっとこちらに傾いた。


「……ひっ!!」


リンダさんは目と口を大きく開け、放心していた。

目は焦点が定まっておらず、口からはダラダラと涎を垂れ流していた。


「なに、どうしたの!リンダさんてば!!」


いくら声をかけてもまるで反応がない。


「きゅ、救急車…!」


ポケットに突っ込んでいたスマホを取り出し、震える手で119番を押す。


「火事ですか、救急ですか?」


スマホから聞こえる人の声に、どっと安堵感が押し寄せる。


「救急です!!知り合いの様子が突然おかしくなってしまって」


「…もしもし?聞こえますか?…もしもし?」


「救急です!知り合いが!」


「…大丈夫ですか?聞こえてますか?」


家の中、電波悪いんだよねと言っていたリンダさんの言葉が蘇る。

家の外に出なきゃ…


そう思った瞬間、背後にとてつもなく嫌な気配を感じた。


すぐ真後ろまで来てるー…


振り向かずとも分かる。


キーーーーンと耳鳴りが聞こえ、

そのまま私は気を失ってしまった。



目が覚めたら病院のベッドの上だった。

同じ病院に搬送されたはずのリンダさんには面会させてくれなかった。

容体を聞いても、言葉を濁すばかりで誰も詳細を教えてくれなかった。


私は2日ほど入院して退院したが、アルバイト先に行ってもリンダさんが出勤してくることはもうなかった。


そして私も程なくしてアルバイトを辞めた。

大学にも行かなくなった。

コウタにも、友達にも連絡をしなくなった。


私はおかしくなってしまった。


リンダさんの家に行ったあの日から、男の子が見えるのだ。

通りの向こう側、家のドアの隙間、窓の外、日常のふとした瞬間に視線を感じる。

真っ黒な目と口を開けた男の子がいつもこちらを見ている。


もうどこにも出掛けられなくなり、布団をかぶって一日中震えている。



ああ、布団の中なら安全と思っていたのに。

目を瞑っていても分かる。

布団の中にまで入ってきてしまった。



もう駄目だ。












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