ひな祭り
空き缶文学
ぼんやり、不思議な体験
男雛と女雛を大切に抱える。
どこから持ってきたのか分からないが、おかっぱの女の子は周りをキョロキョロ。
抱えてトコトコ走りまわった。
「ありゃ、お内裏様がないねぇ」
じいさんが腕を組んで傾げてる。
「あの、おかっぱの子が持ってる人形がそうじゃないですか?」
ボクは、女の子を指してじいさんに伝えてみるが、
「おかっぱの子? そんな子うちにはいないよ。安ちゃん以外孫はみんな外にいるだろ」
さらに傾げるから、右に体重が寄っていく。
まさか、幽霊? ボクはもう一度おかっぱの女の子を見た。
いない。男雛だけが落ちている。
「あれ……」
男雛を拾い、ひな壇の上、左側に置く。
「おおっ、あとは女雛が揃えば完璧だね、ありがとな安ちゃん」
「う、うん」
さっきの子を探そう。
母さんたちが帰ってきたら、ボクとじいさんが怒られる。
それだけは絶対避けたい。
タトタトタトタト……――幼い足音が聞こえる廊下に向かう。
「あ、いた。ねぇ君」
廊下を走る女の子は、よく見れば可愛らしい花柄が散りばめられた着物に真っ赤な帯をつけている。
声をかけてみると、ピタッと立ち止まった。
驚いているのか、振り返ったと思えば女雛をぎゅっと抱きしめて後退る。
「ひな祭りの飾りつけをしているんだ。どうしても女雛が必要だから、貸してくれない?」
しゃがんで、目線を近づけた。
とてもきれいな、ビー玉みたいな瞳をしている。
キラキラ輝いて、純粋な色。
『…………いや』
絞り出した幼くちょっと低めの声で、拒否をする。
「うーん、困ったなぁ。ばあさんが見たがっていて」
『ばあ、さん?』
「うん、ずっと病気で入院してたんだけど、容体が落ち着いて、少しの間だけ家に帰ってこれるようになったんだ」
『からだ、わるいの?』
「そう、心臓の病気。今日が誕生日だし、じいさんも絶対見せてやるんだって、頑張って飾ってる。だからばあさんが帰ってくる少しの間だけ、貸してほしい」
『……』
おかっぱの子はボクを通り越して走り出した。
女雛を抱きしめ、廊下をタトタトタトタト……――。
どこに行くのかと、小さな背中についていく。
廊下を真っ直ぐ、突き当りを右へ。
その先は玄関だ。
ガラガラ、と、砂利を擦りながら開く音がした。
「ただいまぁー」
「おぉーお帰りぃ、ばあさん帰ってきたなぁ、あぁでもまだ、ちょっと準備がぁ」
じいさんの、嬉しさと戸惑いが交じった声が聞こえる。
突き当りを右に曲がり、玄関に顔を出すと、女の子は消えていた。
車いすに乗ったばあさんを連れて、両親が帰ってきた。
ずいぶん、見ないうちに痩せ細った、皮と骨、浮き出た血管がよく分かる白い肌と真っ白な髪。
じいさんを優しく見つめて、ニコニコしている。
「おかえりなさい……あ」
よく見れば、じいさんの手に女雛が握られていた。
「実はぁ女雛がな、どっかに、ばあさんのお気に入りだったんだけど……」
気付いていない様子の落ち込むじいさんに、母さんは怪訝な顔で、手を睨む。
「お父さん何言ってるの、持ってるじゃない、お雛さん」
「えぇ? あれ、なんでぇ?」
「……かわええ、お人形さん」
カラカラの声で、ばあさんが呟いた。
細い白い手を伸ばすから、じいさんは女雛を渡す。
ぎゅっと抱きしめる。
ボクは久しぶりのばあさんに話しかけるため、しゃがんで目線を近づけた。
瞳はビー玉みたいに綺麗で、キラキラ輝いて、純粋な色。
「あれ、さっき会いました?」
「んーんー安ちゃん、ただいまよ」
そうだっけ、何故かボクは少し前の記憶が薄っすらぼやけてしまい、一体何があったのかいまいち覚えていない。
じいさんは不思議に傾げつつ、女雛をひな壇一番上の右に飾った。
ようやく揃ったひな人形の飾りに、みんなニコニコ――。
ひな祭り 空き缶文学 @OBkan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます