共犯者の俺達

錆味

序章

寒くもなく、暑くもない、この上なく素晴らしい気温。どこまでも広がる晴天。俺は空を見上げていた。見渡す限り、雲は一つだけ。まるで俺のような雲だ。どこまでも空気の読めないその雲を、俺はじっと見つめてみる。

…………ボウリングのピンに見えてきたな。

「ねえねえ、聞いてるう?」

今、俺に女特有の高い声で話しかけてきたのが卯月祐生。

「聞いてる聞いてる。彼氏が全然分かってくれないって話だろ」

彼女は細い目で俺を見た後、また不満気な顔をして、どうでも良い愚痴の続きを話し始めた。

それにしても長い。ちょー長い。授業が終わって昼休みに入ってから山田に捕まり、今に至る。かれこれ二十分俺はくだらない惚気話を聞かされている。不幸中の幸いだったのが、裏庭の良く空が見える所にいることだ。

ちょうど、ボウリングのピンがうさぎに変化した時だった。

「あ! マニキュア剥がれてきてる」

卯月が左手を空に浮かべ、爪を凝視していた。お気に入りだったのに、と騒ぐ卯月を声をBGMに、俺は弁当を黙々と食べ続けた。コンビニで買ったおにぎりを食べ終わる頃、不意に不愉快なBGMが止まり、卯月が足をピンと伸ばし立ち出した。

「コウくん!」

米粒大程の人物を見つめてとても嬉しそうにしたと思ったら、可愛らしい弁当箱を片付け、じゃあまた、と俺に吐き捨て、米粒大の人物の元へ全力疾走で向かって行った。

普通の人間ならば、困惑してしまうだろう。だが、俺は違う。なぜなら、アイツとの付き合いは長いからこうだったからだ。なんと十七年間。いわゆる、腐れ縁と言うやつだろう。

俺はからになったコンビニの使い捨て弁当容器を近くのゴミ箱に放り投げ、いつもの空き教室へ向かった。あそこは誰も使わないので、教師すらも忘れかけている。しかも、日当たりが良く、程よい風も入ってくる。要は、俺だけの特等室なのだ。まあ、出入りしている事が教師にバレたら、俺は死ぬがな。

俺は人どうりの多い廊下を抜け、階段を上り、その教室の前まで来た。いつもどうりドアノブに手をかけ、いつもどうりにドアを開ける。教室の中は、いつもどうり日が差していて、いつもどうり穏やかな風が入って来ている。おかしな所などどこにも無い。ただいつもと違うのは一つだけ。

知らない女生徒がいる。

二つに結んだ髪を揺らしながら、空をじっと見ている。俺には気が付いていないようだ。

しかし、なぜここに。俺以外に、ここを知っている人がいるなんて。今まではいなかった、という事は一年か?今日初めて来たのか? それとも、俺が今まで知らなかっただけで、ずっとここに来ていたのか? いや、今はどうでも良い。とりあえず、あの子に見つからないように逃げなけれ、

「ねえ」

透き通った、消えてしまいそうな声が聞こえた。いつも以上に、自分の心臓の位置がはっきりと分かる。無理矢理、ゆっくり呼吸をしながら、俺は振り向く。

彼女は、壁に身を預け、両手を窓の縁に置いて、こちらを見ていた。その顔は、ほんの少しだけ、悪戯な笑みを浮かべている。

俺は、その笑みに捕まり、身動き取れなかった。

柔らかい春の風が、俺と彼女の頬を、優しく通り抜けた。

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共犯者の俺達 錆味 @nazeyonda999

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