トリとひなまつり
神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)
第1話
ピロティーで、期末レポートの要項をスマホで撮影した。
「T町で古い雛人形を見てきて、レポートを提出すること」
ちょうどいい。週末にでも誰か誘って出かけよう。
結果として、誰もつかまらなかった。まあ、私の大学が試験期間ということは、他の大学もそうなのである。仕方がないので、一人で出向くことにした。
普段降りない駅で降りる。随分、遠出してきた。
週末だが、人通りはあまりない。ちらちらと大学生らしい人を見かける。駅でもらってきた地図を眺める。複数の町家に、雛人形があるらしい。
「寒い……」
一軒目で写真を撮り終えると、ボランティアの人に英語で話しかけられた。よくあることだ。抹茶をごちそうしてくれるらしい。
隣の部屋に案内される。ここでしばらく待っていて下さい。そう言い残し、立ち去ってしまった。お湯を沸かしに行ったのだろう。
「ここは城下町だから裕福な家が多かったんだな……」
それでも、この町全ての娘が雛人形を買ってもらえた訳ではないだろう。
「うん? うちの妹が不運なのは、厄除けの意味もある雛人形を用意してもらえなかったからなのでは……」
姉妹はごっちゃにされがちだが、本当はそれぞれのものを持つにこしたことはない。
物音に顔を上げる。昔のガラス越しに波打つ中庭の景色が見える。先程から、こつんこつんとノックらしきものが聞こえる。
立ち上がり、ガラス戸を開ける。
「うん?」
周囲を見渡す。ちちちちと鳥の鳴き声が近寄ってくる。
「トリだ。トリの降臨だ」
私は、後退った。目を擦る。丸々としたこれは、確かにトリなのだろうが。いや、こんなトリいないでしょ。目を逸らす。
ぽんと愉快な音がした。
「私は、トリですよ。紛うことなきトリですよ」
耳元に、幼子の声。バッと振り向く。
「トリですやん」
「だから、トリです」
それは、トリのコスプレをした子供だった。これから、発表会でもあるのかな。胸のトキメキが抑えられない。
「お茶は少し待って下さいね。今からちゃっちゃっと仕事してきますから」
トリの子供は、ふすまを開けた。数人いたお客さんは、その場で眠りこけていた。
帝銀事件ですやん。不穏なツッコミが、脳裏に浮かぶ。
「毒は盛っていません! ちょっと時を止めただけです!」
涙目で振り返る。んもー。トリはつるし雛と雛人形の間で舞った。
「やっぱり、発表会……」
正座して見守る。雛人形から黒いもやが出てくる。トリの子供が、鈴を鳴らす。闇は浄化されて、キラキラとした光となる。
「お仕事おわり!」
トリの子供は、へにゃっと笑った。
トリとひなまつり 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます