【KAC20251】ガールズ・パーティー0303 / キミの恋を目撃する者タチ

尾岡れき@猫部

お花を散らそう、桃の花♪



 ――0歳。


 箱が開けられた。


(あら。もう、そんな時期か)


 この家では、立春の頃から、ひな祭り当日まで、飾られる。

 ただ、今年は何やら少し、せわしくなく。そして、どことなく家にせきりょうさを感じるのはどうしてか。いつもなら、注目を浴びる妾達に向ける視線も、こころなし少ない。


「ふふふ、お雛様」


 三人官女の1人が笑う。


「今年は致し方ないかと。稚児ややこが産まれるそうですよ」

「まことか」


 それは目出度い。でも、この調子でいくと、その子の顔を見ることは適わないかもしれない。まぁ――来年。また、楽しみとしましょうか。


 クスリと笑えば――屋敷の中に、稚児の泣き声が響くのを聞いた。

 困り果てた両親、祖父母。

 乳は飲んだ。

 おむつも汚れていない。

 となれば――。


 わたしは、桃の香りを飛ばす。

 付喪神ならば、易いこと。

 赤子と目が合う。


い子じゃ)


 妾も笑む。稚児――姫奈ひなは笑った。





■■■





 ――7歳




 姫奈が妾を前に、頬を膨らませていた。今日は、女子の祭りじゃ。そんな顔をするものではない。美人台無しじゃ。


『だって――』


 姫奈は言う。

 そうそう、この時分くらいまでは妾達の声は、聞こえる。聞こえなくなるのは元服を迎えた証拠。ソレも間もなくかと思うと、些か寂しさを交えない。姫奈の母、真紀もそうであった。


『七五三の時、皇城すめらぎが似合わないって――』


 そんなことでブータレるでない。どうせ、素直になれんだけじゃ。殿型というのはな、本性はいつまでたってもわらべなのよ。


「はっはっはっ、雛にそう言われたら形無しよ」


 お内裏様は呑気なものじゃ。だが、男子はこれぐらいが良い。牛耳るのは、女子おなごの務めぞ。いつの時代もそれぐらいが良いのじゃ。


「今度、ワシが皇城の坊主に言うちゃろう。男子たるもの、女子おなごを泣かせたらあかん。それじゃ、立派な武士もののふにはなれんぞ」


 随身ずいしんが凄んでみせるが、クソガキだった姫奈の祖父に矢を折られて、半べそをかいたのは、どこの誰だったか。


『姫奈、ここにいたんだ?』

『う、うん……』


『あ、あのさ。七五三の時……ちゃんと、言えなかったけれど』

『なに?』


『あ、あの……あのさ!』

『なによ?』

『……めちゃくちゃ、可愛いっ!』


 そう言い捨てて、逃げて行った。

 可愛らしいところがあるではないか。

 のぉ、姫奈?


『……そ、そんなことを言っても、女の子のお祭なんだから。混ぜてあげないっ!』


 そう言いながら、坊を追いかけるのだから、誠に素直じゃない。見ていて退屈せんわ。

 耳を傾けながら。

 能面な妾達は、笑みが零れた。





■■■





 ――14歳。





『あのね……』


 聞いておるよ。


『私、皇城のことが好きなの』


 そうであろうよ。

 1年ぶりに見たが。姫奈、お主は分かりやす過ぎる。いや、あれで分からぬ皇城も鈍いのか。これが、現代流なのか。お前の祖父であれば、機敏に察したと思うがの。


『でも、皇城はきっとそうじゃないと思うの』


 どうして、相手に確認をせず決めつけるのじゃ。姫奈、お主の勝ち気なところは美徳じゃが、視野が狭いのは悪癖じゃ。


『だって、他の子と一緒に帰っていたんだよ? 親友の芽依ちゃんだったのが、ショックで――』


 逢い引きくらいなんだと言うのじゃ。

 一時の逢瀬に目くじらを立てる狭量な女子など、いずれ疎まれるぞ。それ以上の愛を坊に詠めばよかろうが。


『だってぇ』


 だってじゃない。言い訳をするな。坊がどうこうじゃない。姫奈、お主がどうしたいかであろう。初めから負け戦と思っていたら、勝てる戦も勝てぬわ。


『だって、怖いよ……』


 そうじゃな、むしろ怖い方が当たり前じゃ。一世一代の大一番で、怖さを感じぬヤツの方こそ、うつけじゃろ。武者震いをし、奮い立て。最後まで隣にいた女子が勝者じゃ。


「がんばれー」

「ファイト!」

「勇気を出して」

「当たって砕けろ!」

「玉砕覚悟!」


 うむ、五人囃子よ。砕けたらいかんじゃろ。


『あ、姫奈。ココにいたんだ?』

『皇城?』

『好きだよな、雛人形』


 それは妾達が愛らしいからの。


『好きだよ。それがなに?』

『怖くない? 夜に首がのびそう』


 なんじゃと?

 坊、そこになおれ! 今すぐ、手打ちにしてくれるわ!


「「「お雛様、落ち着いて!」」」


 妾を止めた、三人官女に感謝するが良い。


『……私にケンカ売りたいのなら、帰ってよ』

『あ、いや、そうじゃなくて……違う、違うから――』


『だから、なに?』

『あ、いや。芽依にも聞いて、さ。姫奈って、桃の花が好きだって言うから」


 桃の花をあしらった首輪ねっくれすとは、坊もなかなかやるではないか。


『……その、少し遅れたけれど、誕生日プレゼント』

『あ、ありがとう……』


 ここで愛の歌を詠めば完璧じゃと言うのに。

 姫奈は、ここぞという時に押せない。妾が代わりに詠んでやろう。



 ――なげきつつ 独り寝る夜の あくるまは いかに久しき ものとかは知る。

 

 ……しまった。

 これ、なかなか来ない殿方(浮気者)に対して詠んだ歌じゃった。





『姫奈』

『……皇城?』


『俺、いつも素直になれないけど。今を逃したら、ずっと素直になれないままだって思うから。はっきり、言う』


『な、な、なに?』

『好きだよ、姫奈』

『え――』


 おぉぉぉぉぉっ!

 これは!


 灯りををつけましょ、ボンボリに!

 お花をあげましょ 桃の花


 五人ばやしの 笛太鼓

 今日はたのしい――え? お主ら、ちょっとそれは破廉恥じゃない? 姫奈、もうちょっと淑女としての恥じらいをもってだな。ひな祭り、楽しみすぎじゃって! それは昨日はお楽しみでしたね、って妾達が言わないとダメなヤツ! 

 どうせ、聞こえないけど! 聞こえないの知っているけど! 知っているけどぉぉぉっ!







■■■




 ――19歳。





 そうじゃの。

 家の中には、誰かしらがおる。

 ひな祭りの準備をする今が、逢瀬の場として、この場を選ぶのも分からなくもないが。



『姫奈……っ』

『やだ、ココは……見られている気が――』


『俺だけ、見てよ』

『いつも、見ているよ。皇城しか見てないよ』


『それなら、良し』

『やっ、んっ、ちょっと――』





 妾達もしっかり見ているのだが。

 人形って、目を閉じられないの。イヤでも全部、見えちゃうの。all rightオーライ


 時代は進むとは言うし。

 逢い引きで、男女がいとも容易に手を繋ぐ時代じゃ。むしろ、こっちはドギマギするというのに。

 お主ら――此処で花を散らす?






■■■




 ――24歳。




 律儀じゃのう。

 もう國は出た身じゃろうに。


 だが、息災で何より。

 時代は移ろっていくのぅ。


 耳を澄ませば、童達の声も、昔のようにしなくなった。

 人の代も変わる。

 また、これも世の流れ。


 それなのに、姫奈。

 お主は律儀じゃ。本当に、律儀じゃ。そんなお主がきらいではないぞ。





『ママ、お雛様……キレイ』


『そうでしょ。パパは怖いって言うけれどね。私は大好きなの。ずっと、見守ってくれたお雛様だから。子どもの時は、お雛様の声が聞こえた気がしたんだけどね。大変な時、辛い時もお雛様に相談していたんだよ』


『私、お雛様の声が聞こえるよ?』

『へ?』


『パパとママ、ここで花を散らしたんだって』

『……へ?』


『だから私が産まれたんだって』

『ちょ、ちょっと、ちょっと?』





 こらこら。

 そういうことは、簡単に話しちゃいかん。


 口を噤むのじゃ。

 これは、のぅ。

 女の子と女の子のナイショのお話なのじゃ。




 ママがどれだけ、パパのことが大好きなのか。

 パパがどれだけ、ママのことが好きなのか。


 これから、とくと教えてやろうぞ。


 甘酒とひなあられ、持ってくるが良い。

 抓みながら、肴に話すとしようぞ。





 雛祭ガールズパーティー

 今年も、そろそろ始めようかの?



________________


百人一首 第五十三首目

「嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る」

右大将道綱母




 


【おしまい】


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