降臨なんてなかった
青王我
第1話
「元々ひなまつりというのは古代日本に起きた、見上げるほどに巨大なトリの降臨が由来だとされる。畏れ敬うことを覚えた古代の人間は自らを『雛』と称し、その巨大なトリの加護を得ようとしたと――」
「もっともらしい嘘を付くんじゃない」
滔々と虚言を吐く男の頭目掛けて扇子が投擲され、綺麗な放物線を描いた扇子がトサカのように逆立ったモヒカンへ当たる。対して力が入ってなかったのか、モヒカンが立派なのか、扇子は僅かに髪型を崩しただけで跳ね返った。
「違ったかな?」
チャラい見た目に反して大人しい反応を返した男は、上半身だけぐねりと動かして背後を覗いた。男の背後には色っぽい格好をした色白の女が床に寝そべっている。女は男と目が合うと、したり顔で語りだす。
「雛祭りの雛は『小さい』を意味する外来語『ひいな』が由来とされていてね。つまるところ人形遊びのことを指しているようだ」
床へ落ちた扇子を拾った男は、律儀にもそれを投げた女の元へ返しに行った。
「諸説あり。だろう?」
「ついでに言うと雛祭りの日は上巳の節句であるから、今年の雛祭りは実質わたしの日だな」
「おいおい、流石にそれは言い過ぎではないかね蛇神よ」
「先のひいなはともかく上巳の節句なのは確かな事だよ鳥神くん」
ほとんど女の眼前まで迫る勢いで顔を近づける男だったが、女は意に介さずその手から扇子を抜き取る。その仕草は余裕そのもので、優雅ですらあった。
「それで、雛段の飾りつけは手伝ってくれるのだろうね?」
蛇神の女は開いた扇子で口元を隠しながら催促するが、鳥神の男はやれやれといった風で姿勢を戻す。
「手伝うと言っても、実際、体を動かすのは私だけじゃないか」
とは言いながらも男は雛段の前へ戻り、律儀にも飾りつけの作業を再開する。
雛段は近世の収納事情で簡易的になった三段ではなく、正式な七段飾りだ。それなりに重量がある、これまた正式な雛人形を背の高さまで捧げ持つのはそれなりの労働だ。
「ご褒美は期待しても?」
「宴の準備はこちらにまかせておいで」
今度は顔もむけず作業を続けながら声を掛ける鳥神の男に、蛇神の女はほんの少し優しい声で返す。なんだかんだで二人の歳神は良い仲なのであった。
降臨なんてなかった 青王我 @seiouga
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