【KAC2025-1】俺が前世で何をした

一式鍵

前世のおこない?

 どうしてこうも、人は誕生日だの星座だの血液型だのを知りたがるのか。とりわけ女子はどうしてこうも話題の入口にそれらを当てはめたがるのか。


 俺には、理解できない。


「恭一郎くん、血液型はAでしょ」


 とかよく言われるが、外れだ。実際はRH-のABだ。超貴重な血液を生産できる稀有な人間なのだ。ちゃんと医療機関に登録もしてある。俺たちRH-の血液型を持つ人間たちは運命共同体。非常時には助け合いが必要なのだ、お互いに。


 それはそうと、RH-というだけで気の毒そうな振る舞いをされるのも心外だ。確かに何かあった時の生存性には多少の不安はあるが、別にそれを不幸だと感じたことはないし、正直実感もないのだ。


 そして俺にとってはもっと不幸なネタがある。


 十月十日とつきとおか後はちょうどである、なんていうことは誰もが知っている下ネタだが、俺はそれに勝るとも劣らない。


 俺の誕生日は三月三日、遥か古来より続く女子おなごの日生まれなのだ。


 そしてさらに不幸は続く。


 それゆえに……俺のあだ名は「」なのだ。「だいりちゃん」の方がまだ救いはあったと思うが、誰も俺をそっちでは呼ばない。さかのぼれば小学校、あるいはその前から、俺のあだ名は「ひなちゃん」だった。俺の真名は、仙石せんごく恭一郎きょういちろうだ。どこにも「ひな」の要素なんてない。


 小学校高学年の頃はそれでさんざんいじられた。正直けっこう傷ついた。ちょっと好きだった子に「ひなちゃん」と呼ばれた時の衝撃は、たぶん一生忘れられない。


 俺が前世で何をしたというのだろうか――。


 そんな不幸な小学校時代、そして似たような中学校時代を経て、俺はまもなく高校二年生である。今日はしくも忌まわしき誕生日、三月三日の月曜日である。


「お誕生日おめでとう! ひなちゃん!」


 塾に行くなり、悪友Aがそんなふうにはやし立てた。誰もが俺の誕生日を忘れない。今となっては塾の講師たちにまで誕生日を覚えられているし、なんなら「ひなちゃん」と指名されることすらある。屈辱である。


「うるせぇぞ、悪友A」

「なんだよ、モンスターみたいな言い方すんなよぉ、ひなちゃん」

「あの、仙石くん」


 悪友Aの後ろにいたのは、小早川千晶ちあき。俺を「ひなちゃん」とは呼ばないほとんど唯一の存在だ。天使である。


「悪友A、道を開けろ」

「うわ、お前らデキてんの?」


 こいつ。


 俺は悪友Aの平凡にすぎるつらを睨みつけた。俺はともかく、小早川さんを困らせるやつは許されないのだ、俺的に。


 小早川さんは塾が終わったら一緒に帰ろうと言ってくれた。別に珍しいことじゃない。家の方向が同じだったし、なんなら小早川さんを送り届けた後で、お父さんに車で家まで送ってもらったこともある。


「それでさ」


 帰り道は暗い。小早川さんの家までは地下鉄の後に徒歩十分。俺の家はそこからさらに十分かかる。俺たちは地下鉄を降りて、四車線道路の歩道を歩いていた。


「仙石くんの誕生日、今日なんだよね」

「残念ながらね」

「残念ながら?」

「だって、おかげで『ひなちゃん』呼びだからさ」

「その呼び名は嫌いなんだ?」

「慣れたっちゃ慣れたけど、嫌だなぁ」


 俺が言うと、小早川さんは足を止めた。


「どうした?」

「ごめんなさい」


 突然謝られて混乱する俺である。


「実は、あたしの家の中では、仙石くんはって呼ばれてるの」

「ひな……」


 ひな、とはちょっと違うけど。


「小早川さんだったら、まぁ、いいかな。くん、だし」

「そ、そう?」


 小早川さんは小走りで俺に並ぶ。


「た、た、誕生日プレゼント用意したんだ」

「プレ……お、俺に?」

「他に誰がいるの」


 それもそうか。


「でも、家に忘れてきちゃったんだ。だから、家に寄っていって」

「それは別にいいけど」


 たまに寄るし。


「ひなく……じゃなかった、仙石くんは最近もゲームとかしてるの? 以前まえは結構やってたよね」

「最近はあんまり。にゃんこのやつくらい」

「あれか。いいよね、にゃんこの」

「小早川さんもあれやってるの?」

「うん、そこそこね」


 それから俺たちは家に着くまでにゃんこのゲームの話で盛り上がった。


 そう言えば、小早川さんは猫を飼っていたっけ。


「上がって上がって」


 小早川さんは俺を家に招き入れた。一般的な一戸建てだが、まだほとんど新築だった。俺の古アパートとは格が違うなと思わざるを得ない。


「お母さん、ひなくん来た」

「あらあら。あんまり遅くなったらだめよ。お父さんが送っていくからね」

「お、おじゃまします」


 俺は居間を覗いてご両親に挨拶する。


「でもさ、小早川さん。恋人でもないのに家にほいほい上げていいのかな」

「ひなくんだけだよ」


 そうなんだ?


 小早川さんの部屋は二階にある。そして部屋の中は実に殺風景だ。勉強と就寝のため、と割り切ったような、何の装飾もない部屋だ。小早川さんはものすごく勉強ができる。ついでに言うと運動もできる。空手の有段者でもある。一年生にして生徒会副会長でもある。


 言ってしまえば小早川さんは完全無欠な女子高生だった。


 容姿は言うまでもない。長い黒髪をいい感じに結び(髪型についての語彙が俺には足りない)、部屋の中では眼鏡を着用する。眼鏡なしでも美人であることは疑いようもないのだが、眼鏡をかけるとこれはもう、俺にとっての完全無欠の推しキャラになるわけで。


 そんな小早川さんはいち早くコンタクトを外して眼鏡女子にクラスチェンジしていた。


「それで、その、プレゼントなんだけどさ」


 小早川さんはなぜかデスクトップパソコンを立ち上げた。すぐにWindowsデフォルトの起動画面が立ち上がり、小早川さんは素早くPINを入力する。デスクトップの壁紙はなく、黒一色だった。


「いややっぱりやめた。恥ずかしくなった」

「えー? ここまで引っ張っておいてそれ言う?」

「うううう……」


 小早川さんらしからぬ表情だ。耳まで真っ赤になっている。


「あたしさ、絵描きなんだよね」


 小早川さんは机の上の黒い板状のものを指差す。板タブ、だろうか? 見たことがないが、文脈的に多分そうだ。


「え、そうなの? 初めて知った」

「初めて言った」


 知り合って一年弱。思えばそんな突っ込んだ話をしたことはなかった。


「ついでに言うと、リアル知り合いの誰にも言ってないよ」

「そうなんだ」


 へぇ……。


 俺の関心はその「絵」とやらに向いている。


「お金もないあたしにできるのってこのくらいで」


 一瞬、ヨコシマな妄想をしたことは否定しない。


「ひなくん、はぴば!」


 小早川さんはババっとパソコンを操作して、画面いっぱいに何やら美形な男子を表示させた。よく見ると日本古来の(どのくらい古来なのかは知らない)着物を来ている。そして絵の中央上に「3/3 ひなくん・はぴば!」と書いてある。


「もしかしてこの美青年は、俺のことなんですかね」

千晶ちあきフィルターを通すとこうなる」


 ずい、と、迫ってくる眼鏡女子。どう考えても俺はこんなにシュッとしてないが、描いた当人がそう言うのだからそうなのだ。間違いない。しかし嬉しさと言うよりは恥ずかしさが先に立ってしまう。


「というわけで」


 そんな俺にお構い無しで、小早川さんは俺の胸を小突いた。


「あたしの恥ずかしい秘密を知られてしまった以上――」

「いや、自分から暴露したよね」

「あたしの恥ずかしい秘密を知られてしまった以上――」

「だから俺は」

「あたしの恥ずかしい秘密を知られてしまった以上、ひなくんはあたしのお願いを聞く義務を得てしまったわけだ」

「は、はぁ」


 お願い?


「ひなくん。あと十一日経過した後に、なにがあるかね」

「ええっと、三月十四日は……ホワイトデー?」

「Yes, that's right!」

「なんでいきなりネイティヴ」

「細かいことはいいんだよ。そんなことより、ホワイトデーにあたしに告白して」

「は、はい?」


 何を言っているんだ、この人。


 俺たちは流れで絨毯に腰をおろした。


「えーっと、それって今、小早川さんが告白したってことにならない?」

「ならないね」


 ええ……。


「振るかもしれない」

「いや、それじゃ罰ゲームだよ」

「振らないかもしれない」

「哲学に持っていかないで」

「そういうところ」


 うん????????


 はてなマークの大安売りだ。


「ひなくんと話してると、いつも楽しいんだ。だからさ、普通じゃない方がよくない?」

「だから頼まれてもいないのに絵描きをカミングアウトしたその代わりに、ホワイトデーに告白することを要求したっていうわけ?」

「だってそうしたら一生忘れないでしょ」

「う、うーんそんな気はするけど、ちょっと待って?」

「きみがあたしを選ばない理由はない!」

「ええ……」


 先回りされて俺は魂が抜けたような顔をしたと思う。


「ひなくん、あたしのこと気になってたでしょ、絶対そう」


 すごい勢いの眼鏡女子。


 俺は「あー」とか「うん」とか返すのがやっとだ。


「じゃぁ、きみに選択の自由をあげるよ」

「ええっと」

「自由は要らないってこと?」

「要ります」

「要らなくてもいいよ? きみが自由を放棄するなら話は早い」

「しません」

「ちぇ」


 小早川さんって、こんなに早口で喋るタイプだったのか。俺は新たな気付きを得て、少しだけテンションを上げていた。


 そう、たしかに小早川さんは素敵な(隠れ)眼鏡女子だ。からかい目的以外で俺に話しかけてくる女子は少ない。というか、小早川さんを除いては、いない。だから当然気になる存在だった。こうして家に、どころか、部屋に入れてくれることにも、何か特別感を覚えないではなかった。


 だけど、まさか、俺なんかを好きな女子がいるなんて思えるはずもない。精神的にタフであることだけが取り柄の俺を、だ。


「それでそのさ、選択の自由って何?」

「ホワイトデーをスルーする権利」

「つまり、その日に何もしないってこと?」

「息はしてもいい」

「それは権利とかいうのじゃないと思う」

「心臓も動かしていい」

「いや、それ認められなかったら死んじゃうでしょ」

「まぁ、冗談はさておき、あたしをスルーしてもいいってこと」

「うーん」

「悩まないでよ、傷つくじゃない」


 眼鏡女子のテンションが本気で落ちた。これは男としてよくない。


「じゃ、じゃぁさ、俺の好きなところを十個言って」

「顔が好み、手がきれい、声が好き、真剣に数学を解いてる横顔がいい、誰とでも仲良くできるところ、会話のテンポがあたしにフィットするところ、がっついてこないところ、成績があたしよりちょっと悪いところ、あたしたちが喧嘩してもあたしは負けないこと、うちのお父さんやお母さんに対する礼儀がとてもよいこと」

「……すらすら十個言ったな」

「あと十個言う?」

「いや、いい」


 聞いてて猛烈に恥ずかしかった。


「実はさ、お父さんとお母さんには、ひなくんはすでにってことになってんの」

「はぃ!? 既成事実ですか!」


 思わず丁寧語になる。


「十一日後には正式にそうなるか、正式にただの友だちになるかだよ」

「それはそうとさ、今思ったんだけど。俺、バレンタイン何ももらってないよ?」

「ごめん、チョコの存在を忘れてた」

「……そういう世界線?」

「うそ」

「うそ?」

「だって、バレンタインでチョコ渡しちゃったら、ただの友達か、そうじゃないかを一旦確定させなくちゃならないじゃない」

「あー、うん、まぁ、そうかな?」

「思考放棄したでしょ」

「うん」

「認めんなし」


 そう言って小早川さんは目を細めて笑った。初めて見る表情だった。


 俺はカバンの中をあさって、黄色い箱を取り出した。


「今日で良くね?」


 これはカロリーを補充する目的で作られたスティックタイプの食品だ。ちなみにチョコレート味。


 小早川さんだってもちろん知っている食べ物で、彼女も授業前にしばしば食べている。


 俺は見つけ出したそれを小早川さんに押し付けた。


「どういう?」

「前倒し」

「なんで?」

「十一日で心境が変わるとも思えないし、なんていうかな、もう一ひねりしたほうが記憶に残るかなって」

「ひなまつりに告白したよって?」

「告白……うーん、まぁ、うん」

「ひなくんが、ひなくんの誕生日のひなまつりの日に、可愛い女子高生を前に我慢できなくなってホワイトデーを前倒しして、その可愛い女子高生に告白しましたよっていう流れ?」

「色々言いたいことはあるけど、とりあえずそこに至った経緯いきさつを完全に端折はしょったな?」

「なるほど、確かに、誕生日がひなまつりってことを組み込んで、その日を告白記念日にするっていうのはありだな」


 なにやら名探偵を気取っている口調だ。


「可愛い女子高生と付き合える事実に興奮する?」

「よくわかんねーんだよね」


 俺は肩をすくめてみせる。確かに嬉しくないかといえば嘘になるが、そもそも「女子と付き合う」ってのがよくわからない。何をすればいいのだ。


「買い物付き合うのとか正直だるくね? とかさ」

「買い物は友達と行くからいいし」

「じゃぁ、俺はいったい……?」

「そんなことあたしも知らない。男子と付き合ったことないし」

「そっか」


 俺はあぐらを解いて立ち上がる。


 小早川さんも追いかけるようにして立った。身長差は五センチといったところ。


「で、だよ、ひなくん」

「おう、まだあるのか」

「あたしに付き合ってほしいのか、はっきり言われてない」

「やっぱり俺から告白しなきゃだめな流れ?」

「してして」

「好きだから付き合ってください」

「棒読みNG」

「そこでダメ出しくるの!?」

「大事な告白だよ。ひなくんの人生、最初で最後の告白なんだよ」

「いきなりスケールが宇宙規模になったな」

「そういう気持ちでいたまえ」

「なんでそう偉そうなの」

「細けえこたぁいいんだよ」


 小早川さんは俺の両肩をバシバシと叩き、「うんうん」と頷いた。


「ひなくん」


 不意にシリアスな表情になる小早川さん。正直ドキっとした。シリアス系眼鏡女子は大好物だ。


「連絡先教えて」

「あっ、はい」


 なし崩し的にメッセージアプリのアカウントを交換することになる俺。野郎ばかりが並ぶ友達一覧に燦然と輝く「千晶」の名前。なんかこう、少し誇らしい気持ちにはなった。言わないけど。


「これで夜通しメッセージを送れる……」

「やめて」

「ちぇ」


 本気でやりそうだから怖い。その時、スマホが着信音と共に震えた。


『あたしの中では、今ひなくんまつり』

「はい?」


 送信者は目の前の人物だ。ひなくんまつりってなんだよ。


「前世で随分と徳を積んだんだねぇ、ひなくん」


 ……案外そうなのかもしれない。


 ひなまつり、かつ、俺の誕生日である三月三日。


 十六歳になったその日は、俺にとって一生でも語り続けられるような、特別な日になっ(てしまっ)たのだった。


 ――目論見もくろみ通りに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC2025-1】俺が前世で何をした 一式鍵 @ken1shiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ