少し遅めのひなまつり

川線・山線

少し遅めのひなまつり

「今年は、お雛様を飾るからね!」と妻が言った。小学1年生の長男と幼稚園に通う次男は大喜び。私も「あぁ、ええんちゃう」と返事をした。


私の家系はどういうわけか、男性家系である。祖父の兄弟のことは詳しく把握していないが、親しく付き合っていたのは、祖父の兄(大伯父)だった。父は男ばかりの3人兄弟の長男、私の兄弟も男ばかりの3人兄弟で、私が長男である。私の子供たちも二人とも男の子だ。


では誰のために雛人形を飾るのか、それは、妻のためである。


妻が子供のころに、母方の祖父母が立派な雛人形を買ってくれたそうなのだが、その人形を飾ったことはほんの数回しかなかったそうだ。彼女の実家では、彼女が小学生のころから、「雛人形を飾って彼女の成長を家族で祝う」、という雰囲気ではなかったそうだ。


彼女は子供のころから、周囲のいろいろなものと戦ってきたのだ。ジェンダーのしがらみであったり、家族の問題であったり、お金の問題であったり。おそらく彼女だけでなく、彼女の家族も「ひなまつり」をお祝いする心の余裕がなかったのだろうと思うのだ。


私と結婚して、私が就職して、二人で「我が家」と呼べる建物を手に入れることができて、ようやく心穏やかに「おひなさま」を飾って、ひな祭りを祝うことができる心の余裕を得たのだろう、と私は思った。それはいいことである。既婚者がひな飾りをすることに対して、何か問題があるのかどうか、それは知らなかった。調べる必要もないと思った。


彼女は、自分のために「お雛様」を飾りたいと望んだわけである。それを否定する理由はどこにもない。


祖父母が買ってくれていたのは、7段飾りの立派なものだった。車を出して、彼女の実家にお雛様セットを取りに行ったことを覚えている。壊れ物だから、慎重に運転したことも覚えている。


お雛様の飾りつけは、彼女が行なったが、小さな男の子のいる家である。準備には結構時間がかかった。育児の合間を見て、ほんの少しだけ私が手伝ったが、ほとんどは彼女が飾り付けをした。何より、先に述べたとおり、私の父も、私も、子供たちも男の子兄弟で女の子がいない。なので、飾り付け云々はわからない、というのが正直だった。


何とか2階の一室に、立派なひな飾りができた。私と子供たちで妻に大きな拍手を送った。「すごいねぇ」と声をかけた。確かに7段飾りの雛人形、あでやかでもあるし壮大でもある。子供たちが小さかったので、家にスペースが余っていたが、今ではそのスペースを作ることはもう難しい。


「雛人形」は御内裏での「結婚式」をモチーフにしている。ということは、古くから女性にとって「結婚」ということが大きな意味を持っていたことを示しているのだろう。かつては、そのような貴族は自由恋愛ではなく、ある意味政治的な意図をもって婚姻関係を作っていた。であれば、男雛、女雛とも、どのような思いで「結婚」の儀式に向かっていたのだろうか?もちろんそれは人それぞれで、「こうだ」と決めることはできないのだが、今のような「恋愛結婚」とは違う感情を持っていたのだろうと推測するのである。


桃の節句のお雛様は「結婚」を象徴、端午の節句の「兜」を飾るのは、「武運」であったり、「戦」などを象徴しているのだろう。今の視点で見ると、それぞれのジェンダーが期待されていたもの、が明らかになるのは興味深いところではある。


それはさておき、今回のお雛様は、私、子供たちにお祝いされて飾られたものである。妻がどう感じたのかは分からないが、それでも、「誰か」が心から祝ってくれる、というのはうれしかったのではないだろうか?


当然その日の夕食はちらし寿司である。私が小学生のように「~♪明かりをつけましょ 100ワット♪ お花を上げましょ 毒の花♪~」と歌うと、


「もう、誰よ。そんな小学生みたいな歌を歌っているのは!」と窘められる。それもある意味平和である。


「お雛様、しばらく飾っておくね。もう、さっさとしまわなくてもいいからね」と笑顔で私に言った。「もちろん」と私は応えた。お雛様を早く片付けないと婚期が遅れる、という言い伝えがあるが、婚期も何も、もう結婚して二人の子供がいるわけである。焦る必要はないのである。


妻がお雛様を飾ったのは、その1回限りだった。今も「荷物部屋」にお雛様セットは置いてあるが、飾ってはいない。


ちなみに、「兜」については、私が生まれたときに買ったものが実家に置いてあるはずで、私の子供たち以外に使うあてがなかったので、両親に行って、持って帰って来てもよかったのだが、そのままにしてあり、我が家で兜やこいのぼりを飾ったことはない。


子どもたちが小さかったころは、兜は新聞紙を折って作り、こいのぼりは保育園や幼稚園で作ったものを飾っていた。二人とも小学生になったころには、「兜」や「こいのぼり」よりも、興味は「ちまき」と「柏餅」に移ってしまっていた。


ただ一度の、我が家での「ひなまつり」の思い出である。

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