花火

如月姫蝶

花火

「日本の天文学者は迷信深い。地球では苦労させられたよ。どうして彼らは、窓辺でまじないの人形を首吊りさせて、後片付けしようともしないんだい?」

 イーサンがそう言ったのは、宇宙船内の窓辺でのことだった。

「ああ……それはきっと、てるてる坊主ね。晴天を祈願する、日本ではポピュラーなおまじないなの。私も、子供の頃、旅行の前日に手作りして、窓辺にぶら下げた経験があるわ」

 ミヤビは、微苦笑して応じた。


「ねえ、ミヤビ……きみが日本一の大富豪の令嬢であることは、この船に乗る誰もが知るところだ。それはそれとして、僕は、きみの先祖が呪術師であるという噂を耳にしたのだけど……」

 イーサンは、ミヤビに真顔を向けた。

「そうね」

 ミヤビは、肩をすくめた。

「私の母方の先祖は、陰陽師よ。ただ、彼らの主な仕事は、天体観測を行なって、そのデータを元に暦を作成することだった。言わば、昔の天文学者なの」

「え? ということは、人形を首吊りさせるプロだったのかい?」

「知らない!」

 窓辺の男女は、二人して笑い声を立てた。


「よかった。じゃあ、僕がきみに惹かれているのは、科学の埒外のまじないのせいなんかじゃなく、間違いなくきみ自身の魅力のおかげなんだな」

 イーサンは、改めて、含みのある真顔を、ミヤビへと向けたのだった。

「え……」

 ミヤビは、頬を赤らめた。

 

 彼らが乗る宇宙船は、地球から火星へと向かっている。片道二年以上もかかる旅路だ。

 クルーは火星の基地に定住することになっており、人類初となる火星での妊娠出産も計画されているのだった。

 ミヤビとイーサンは、その重大な計画を託されたカップル……というわけではない。


「この泥棒猫!」

 タオファが金切り声を上げた。

 彼女は、船外活動用の工具を手に、窓辺の男女を襲撃した。

 ミヤビの頭部は、完熟したスイカのようにかち割られてしまったのである……




「ほら、陽毬ひまりちゃん。これがあなたのお雛様よ!」

 日本のごく一般的なアパートにて。咲良さくらは、三段飾りを仕上げると、初節句を迎えた娘へと振り向いた。

「うー!」

 床にうつ伏せとなった赤ん坊は、ベビーサークル越しに、雛人形たちと対面したのである。

 ちなみに、安全面を気遣われ、檻に囲われているのは、赤ん坊ではなく雛人形のほうだ。


「はーっ、どうせなら、現金で援助してほしかったよなー……」

 咲良の夫——蓮王れおは、聞こえよがしに言った。

「ちょっとあなた! 人類が火星に行くこの時代に、昔からのしきたり通りに、私の両親が買ってくれた雛人形なのよ? そんな言い方しなくたって……」


「雛人形ってさ、ここ数年、謎の値下がりを呈してるらしいじゃん。俺は、政府が裏金を突っ込んでるって説に一票なんだけどさあ、少子化対策としては、史上最低の愚策じゃね?」

 蓮王は、一転して嬉々として捲し立てた。

 どうも彼は、陽毬が咲良のお腹にいた当時に失業して以来、いささか情緒不安定で、安易に隠謀論に飛びついたりするようになったのである。


 ただ、なぜか雛人形が安価なのは事実である。咲良も、両親から、まるでままごとのオモチャのような値段で、なかなか豪華な三段飾りを入手できたと聞かされていた。


「ばーん!」

 陽毬が、ふいに大声を上げた。

 そして、赤ん坊の声など容易に掻き消す、さらなる大音響が響き渡った。


 咲良は、悲鳴を上げつつも陽毬を抱き締めてから、音源へと振り向いた。

 なんと、三段飾りの最上段で、女雛の頭部が消え失せていた。

 それは、あたかも内部に爆薬でも仕込まれていたかのように、突然爆散したのだった。




「ダメージコントロール、成功!」

 管制室にて、モニターに向かっていたオペレーターが叫んだ。

 宇宙船の中で凶行に及んだタオファは、ミヤビの頭部に致命傷を与えたと確信したが、それは彼女の幻覚にすぎず、ミヤビは無傷だった——そのように、事実はコントロールされたのだ。

 タオファは、既に二年を超える宇宙船での生活のストレスから、精神に異常を来したと診断され、隔離されたのである。


 日本は、ちょうど雛祭りだ。女雛の頭部が爆発したという数多の投稿がSNSを騒がせることになったが、安価で流通する雛人形たちは、与えられた役目を果たしたに過ぎないのだ。


「新たな危機です! お嬢様の宇宙船が、小惑星と衝突することがされました!」

 撲殺の危機を乗り越えたばかりだというのに、別のオペレーターが警告した。


「Yo〜 Yo〜 宇宙船ごとバラバラになっちゃうYo〜!」

 五人囃子の一人が、若者ぶって謡った。


 この管制室は、古来の陰陽術と、日本一の大富豪の経済力とを注入して生み出された。

 宇宙空間でもなく地球上でもない、異空間に存在しているのだ。

 オペレーターは三人官女であり、他のスタッフも皆、雛人形の姿をしていた。

 そして、ここで予知された危機は、呪術的な介入なしでは、事実として結実してしまうのである。


「致し方あるまい。我らは皆、お嬢様の身に降り掛かる災いを、全て引き受けるために生み出されたのじゃ。たとえ小惑星だろうが、受けて立つまでよ」

 髪も髭も白い左大臣が、重々しく言った。

「皆で役目を果たすのだ!」

 男雛は、勇ましく号令してから、「我らだけで事足りるかどうか……」と呟いた。




 ミヤビは、宇宙船の通信装置に向かって、地球と定期連絡を取ろうとした。

「あら?」

 故障だろうか。通信装置からは、不穏なノイズが聞こえるばかりだった。

 

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