二人のひなフェスティバル

清水らくは

二人のひなフェスティバル

「おい、どうしたんだ、人形なんて飾って」

 つくえの上に小さな人形を飾るマサダの行動を見て、クラウスが尋ねた。

「今日は3月3日だろう。うちの国ではひな祭りというのがあるんだ。娘の成長を願って、色々するんだ。食べ物の方はまあ、どうしようもないからな。せめてもと思って、人形を飾ることにした」

 クラウスは人形をまじまじと見た。

「どうにも東洋の顔には見えないな」

「ああ、もちろん本物は家に置いてきたからな。これは娘が俺のためを思って作ってくれたものだ」

「そうか。じゃあ、マサダの成長も祈られてるわけだな」

「ははは、そうかもな」

 マサダもじっと人形を見つめた。その先には、娘の顔が見える気がした。

 実際には、娘は成長して彼の知らない顔になっているだろう。あるいはもう……

「15年か。考えりゃ長いが、何も変わってない気もするなめ。時間ってのは不思議なもんだ」

「ただ宇宙にいただけだものな。ただ、暦ってのはずっと気になるってのは意外だったね。今日は楽しいひなまつり、だ」

 二人が親しくなったのは、半年ほど前のことだった。地球脱出船は一緒だったものの、多くの人々が乗っており全員が知り合いというわけではなかった。しかし昨年、病気の蔓延によって多くの者たちが命を落とした。生き残った数少ない人々が協力する中で、二人は出会い仲良くなったのである。

「泣いているのか」

「いや、この季節はな、花粉症ってやつだ」

 マサダはそう言って鼻をこすった。

「花粉を出す花なんてどこにもないぜ」

「そうだ。どこにもない。体が覚えてる」

 地球脱出船は、生き延びるのには十分な空間ではあった。だが、自然を持ち込む、などということはほぼできなかった。「運行50年の間に、暮らせる星にたどり着く」以外、宇宙船から下りる選択肢は考えられていなかった。

「あんたの子は4か月前に飛び立ったんだったな。それだけ他の星にたどり着いてる可能性は高いってことだ」

「そうだな」

 船内で死ぬ可能性も。マサダはその言葉を口にしなかった。

 そして二人とも、気が付いているのだ。自分たちの寿命も、そう長くはない。

「そのなんとかフェスティバルのために、俺が一曲うたってやるよ」

 地球脱出船の一室に、歌声が響いた。周囲には、小さな星のかけらさえ全くなかった。

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二人のひなフェスティバル 清水らくは @shimizurakuha

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