第4話 母子と精霊

昼食後のこと。


「シルフ、今日も特訓お願いしてもいい?」

そう尋ねたのはスタインだ。6歳の時から生活習慣も同然の訓練タイムだ。だが、今日はアリアが帰ってきたばかりなことを鑑みてシルフにだけお願いしている。

「いいよ、スタイン。」

そう返事をすると、2人は庭に出ていった。アレクシアは冒険者として非常に優秀なので経済的に裕福なため、大きな庭のある家に住むことができている。その庭は訓練場と化しているが。

「スタイン、私は仲間外れなの?」

「違うよ、母さん。母さんは帰ってきたばかりで疲れていると思うから休んでいてほしいんだ。」

少し拗ね気味にアレクシアが尋ねると、スタインは母の疲労を案じている旨の返事をした。

「アリアは今日は見学したら?」

「そうね。今日はそうさせてもらうわ。」

シルフがさりげなくスタインを援護しつつ、折衷案を出すとアレクシアも了承し、今日の訓練が始まる。


「じゃあ、いつも通り本気でかかってきて。」

「分かった。」

シルフとスタインは訓練用の木刀を持ち、位置についた。

まずは、2人は魔力を体に流し、身体能力を高める。すると、スタインが凄まじい勢いでシルフに接近し、木刀を振りかざす。シルフも応戦し、スタインの攻撃を受け流す。それからスタインが攻め方にも変化を入れつつ攻め続けるがシルフの守りが突破できない。

「うーん。攻めの単調さは完全になくなったけど、狙いが透けて見えて攻撃が読みやすい。」

シルフが指摘する。

「これならどうだ。」

スタインは上方から斬る予備動作を見せつつ、真横から剣を入れた。

「うん。これはいい攻撃。」

シルフは体勢を少し崩しはしたものの受け止めることには成功した。

「じゃあ、そろそろ反撃するよ。」

シルフは反撃を宣言し、スタインの攻撃を受け流し、攻めに転じた。2人とも身体能力を強化しているだけあって速さも力も上がっているが、シルフは大精霊だけあって身体能力の強化は人間よりも強力だ。精霊は魔力の塊が実体化した存在なので魔力の扱い(特に魔力制御の技術)に長けている。そのためスタインはシルフの1撃1撃を受け止めるのに精いっぱいとなる。まだ直撃していないだけスタインも高い技量を持っているが。

「どうしたの。魔力制御が甘くなってるよ。」

シルフがそう指摘すると、スタインはやや焦ったような表情をした。


魔力制御は一般にはあまり重視されない技術だが、上級者になるほど重視され、制御能力で勝負が決まるといっても過言ではない。魔力制御が乱れると身体能力の強化の度合いが制御できなくなるので、乱れた瞬間は動きに本人も自覚できないほどの若干の隙が生まれる。スタイン自体は、親からの遺伝と日々の訓練によって魔力量も密度も貴族の子弟よりも高い水準にある。一般に、魔力量と密度は、親からの遺伝と日々の努力によって決まる。貴族は強い魔力(濃密で多量)の持ち主が多く、遺伝的に貴族の子供は強い魔力を持って生まれることが多い(隔世遺伝という例外も存在はする)。だが、魔力制御は練習しないと上達しない。強い魔力を持つものはそれに頼って魔力をじゃぶじゃぶ流して戦えば、自分より魔力の弱い相手を倒せるが、自分より強い魔力の持ち主には勝てない。なぜなら魔力の使用効率を度外視した戦い方で魔力に無駄が多いからだ。魔力制御というのは、魔力を無駄なく効率的に使う技術ことだ。魔法を使う時には、魔法の威力・規模・狙いのコントロールという要素に直結する。例外として魔導士は魔法制御技術に長けた者が多い。


シルフに指摘され、冷静になり、魔力を整えた。

「やっぱり、焦ると魔力制御が甘くなるね。無意識に、自然に制御できるようになるまで特訓しよう。」

そういってシルフはスタインに一撃を入れて訓練の模擬戦を終えた。

その後も何度か模擬戦を続けた。


「2人ともお疲れ様。飲み物入れてきたよ。一緒に飲もう。」

アレクシアがそういってコップを3つ持ってきて紅茶を淹れた。

「ありがとう、母さん。訓練の後の紅茶は美味しいな。」

「うん。アレクシアの淹れる紅茶は美味しい。」

スタインとシルフは紅茶を飲んだ。模擬戦の時とは打って変わって、2人の表情は柔らかい。

「それにしてもスタイン、1週間も見ないうちに魔力制御がかなり上達したんじゃない?」

「確かに。スタイン、成長が早くなってる。」

アレクシアがスタインの成長を褒め、シルフがそれに続く。

「2人ともありがとう。あとは無意識に制御できるようになればな...」

スタインは2人に褒められ、嬉しさを滲ませつつも、今後の課題に意識を戻した。

「じゃあ、スタイン、今度は私とやろ?」

「でも、母さんは今日は疲れてるだろうから休んだ方がいいんじゃない?」

「2人が戦っているのを見ていたら私も戦いたくなったの。それに、1週間で成長したスタインを味わってみたいし...」

「うん、僕も母さんと戦いたい。でも、無理はしないでね。」

アレクシアがスタインに提案するとスタインは、母を心配しつつ快諾して親子の訓練が始まった。


さっそく2人は魔力を流して身体能力を上げた。アレクシアはスタインに日ごろから魔力制御の重要性を説いている。

「魔力の量と密度は戦っていたら勝手に上がっていくけど、魔力制御は別。魔法剣士の場合は、意識して制御しないと上達しないし、無意識のうちにできるようにならない。」

魔法剣士とは、剣術と魔法攻撃を組み合わせて戦う冒険者のジョブである。遠近ともにバランスが取れているが、魔法攻撃の制御が難点となりやすい。

アレクシアが話を続ける。

「魔力制御が上手いと、長時間の戦闘ができるようになるし、魔法で自由に攻撃できる。旅をするなら、いや、戦闘職なら生き残るのに絶対に必要な技術だよ。」

そして、模擬戦が始まる。


アレクシアが先手を仕掛ける。スタインは受け流す。アレクシアはその重要性を何度も説いているだけあって、上級の魔導士も顔負けの魔力制御ができる。魔力制御が乱れたことは15年以上ないほどだ。アレクシアの一撃は速く鋭い。しかし、スタインはその剣を見て育ってきた。魔力制御に気を付けつつどうにか対処する。

今度はスタインが攻める。何度も打ち合い、時にはフェイントを仕掛ける。しかし、アレクシアは歴戦の剣士なので、たくさんの戦闘経験から築かれた勘があるため、簡単には引っかからない。


「今のフェイントは良かったけど、何がしたいか分かっちゃうかな。」

このように攻防が繰り広げられ、スタインの守りが崩されたところで戦闘終了となる。

「2人ともお疲れ。」

シルフは2人をねぎらう。

「スタイン、今の戦いで魔力制御が全然乱れてなかったけど、どうしたの?」

「母さんに一撃を入れたいと必死になるうちに無意識に...あっ。」

スタインは必死に戦ううちに無意識の魔力制御が可能になっていた。もちろん、まだ魔力制御の技術自体に向上の余地はあるが、乱れないことというのは非常に大きなことだ。

「スタイン、ついに無意識に魔力制御できるようになったのね...おめでとう。すごくうれしいわ。」

「ありがとう、母さん、シルフ。2人のおかげだよ。やっぱり2人がいれば僕は大丈夫だね。」

アレクシアが尋ね、スタインが答え、達成感を味わいながら2人の師匠にお礼を言った。

「うんうん。私とアレクシアのおかげ。でも、スタインもよく頑張った。」

シルフは謙遜はしないもののスタインの頑張りを認めた。

「よく頑張ったわ、スタイン。でもね、今は私たち以外の人を信じられなくても、いつか、あなたと真剣に向き合おうとしている人がいたらその人のことも大切にしなきゃダメよ。このことを忘れないで。」

アレクシアは息子の成長に破顔しながらも、対人関係の心構えも説く。アレクシアは、スタインが自身とシルフ以外に心を開いていないことを分かっているから。いつか大切な人が自分たち以外にもできてほしいと願っているから。


「うん、分かった。」

「それじゃあ、今夜はスタインの好きなビーフシチューにしましょうか。」

「やった!ありがとう、母さん。」


こうして3人の温かい団欒が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る