ひなあられ

藤泉都理

ひなあられ




 お雛様よし、お内裏様よし、三人官女よし、五人囃子、随身よし、仕丁よし、緋毛氈よし、親王台よし、屏風と雪洞ぼんぼりよし、右近の橘と左近の桜よし、お嫁入り道具よし、お輿入れ道具よし、重箱よし、菱餅よし、丸餅よし、ひな人形よし。桃の花よし。

 よもぎを入れた緑の餅、ひしの実を入れた白の餅、くちなしを入れた赤の餅を重ねた菱餅よし。甘酒よし。はまぐりのお吸い物よし。さやえんどう、むきえび、錦糸卵、桜でんぶを散らせたちらし寿司よし。から揚げよし。


「ひなあられ。だけ。なし」


 くう。

 京太郎きょうたろうは畳の上に膝を落としたが、かろうじて手だけは膝の上に留まらせては、下唇を鼻に付けん勢いで持ち上げた。

 結婚願望が強いものの全く縁がなく甚だしく落ち込んでいる妙齢の妹、姫子ひめこを元気づけようと両親に了解を得て、今年は飾る気が一切ない姫子に代わり、押し入れからひな人形を出しては畳が敷かれた和室で飾り終えて、ひな祭りに欠かせない料理も作り、菓子も桃の花も甘酒も買い出しし、さあ完璧だと意気込んで自室に籠城する姫子を迎えに行くはずだった。

 ひなあられがあれば、そうなるはずだった。

 何故だか、ひなあられが軒並み完売なのである。

 ひなあられの原材料は、関東ではうるち米、関西ではもち米だという。

 米である。

 昨今、金額が二倍以上に跳ね上がっている米だ。

 まさか菓子にまでここまで大きな影響を与えるとは、甚だ遺憾である。


「いや。日本の食糧事情を嘆いている時ではなく。ひなあられ。だ。そうだ。確か、うちに切り餅が残っていたような」


 ひなあられがなくてもここまで準備してくれたら十分だよ。

 姫子の両親に涙声で(花粉症による)言われたが、だめだ。


『今年こそはいけそうな気がするんだよね!』


 毎年毎年。

 京太郎の子どもであり、姫子の姪っ子と甥っ子にあたる二人の子どもと一緒にひな人形を出した時の姫子の満面の笑顔が京太郎の頭を過った。

 シングルファーザーの京太郎はよく両親に二人の子どもを預けていたのだが、両親と一緒に住む姫子もよく面倒を見てくれたのである。

 両親と共に感謝してもしきれない存在なのである。

 妹が落ち込んでいる今この時に兄としての力を発揮しなくてどうするというのだ。


「待っていろ、姫子。お兄ちゃんが今、ひなあられを用意するからな」


 小さく切った切り餅をオーブンで加熱。その間にあられにまぶす、醤油と刻み海苔、カレー粉、いちごパウダー、抹茶、粉砂糖を準備。ぷくっと膨れた餅にそれぞれまぶせば、ひなあられの完成である。


「姫子。出来立てのひなあられがあるぞ。そこから出て来て食べないか? ひな祭りの準備が整っている。和室でみんなと一緒に楽しもう」

「………」


 姫子の自室の扉を小さく叩いてそう言ったのち、京太郎は湯気が上がる出来立てほやほやのひなあられが乗った皿の淵を扉に押し付けたが、姫子から反応はなかった。

 扉を破壊する事などお茶の子さいさいではあるものの、無理強いはよくない。

 小さな卓にひなあられを置いて、和室で待っているからと言うとその場を離れたのであった。

 自室に籠城していた姫子は兄である京太郎の階段を下る足音を聞いたのち、扉を開いてひなあられを手に取り、また扉を閉じた。


「………はあ。もう結婚は諦めて、叔母として、ひなちゃんとだいちゃんを見守るにシフトした方がいいのかな。うう。でも結婚は諦めたくない」


 姫子は緑色のひなあられを一つ手に取って食べた。

 まぶされていたのは、色付けされた粉砂糖だった。

 あられ自体はサクサクふんわりとしていた。


「あまっ」


 ひとつふたつみっつと、甘いひなあられ、しょっぱいひなあられを交互に食べ進めて行く。手が止まらなかった。


「ひなあられってこんなに美味しかったっけ?」


 姫子は首を傾げた。

 幼い頃は美味しくなくて食べ残していた記憶しかないのだが。


「おとなになって嗜好が変わったのか。お兄ちゃんが作ったひなあられが美味しいのか」


 とりあえずこのひどい顔をどうにかしてから和室に行こう。

 それからめいっぱい大騒ぎしてから、結婚をどうするか考えよう。


「はああ~~~。緑茶も持って来ておいてよねえ。お兄ちゃん」











(2025.3.3)



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ひなあられ 藤泉都理 @fujitori

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