ヒナ祭り

雨宮 徹

ヒナ祭り

「エッホエッホ」



 一匹のフクロウの声があたりに響き渡る。もちろん、人間にはただのさえずりにしか聞こえないだろう。彼が鳴きながら歩いているのには理由がある。もうすぐ三月三日だからだ。



「ねえ、父ちゃん。さっきから何をしてるのさ」そばで見ていたフクロウのヒナが首をかしげて問いかける。



「それは、もうすぐ『ひな祭り』だからさ」と父親フクロウは返す。



「『ひな祭り』って何?」



「そうか。お前さんは生まれたばかりだから知らなくて当然か。正確には『ヒナ祭り』だ。人間の祭りとは名前は一緒でも中身が違う」父親フクロウは息を整えながら話を続ける。



「祭りはな、その年に生まれたヒナたちの健康を願って神輿みこしを担いで練り歩くんだ。『それがどうした』って顔をしているな」



「そりゃそうだよ。健康を願うなら、『トリ神様』にお供えをするだけでいいじゃない」



「そうはいかない。三月三日は一年で一回、神社から『トリ神様』が降臨される日なのだ。あ、今のは別に『ヒナ』と『のだ』をかけたダジャレじゃないぞ」



 フクロウだけでなく鳥たち全員にとって「トリの降臨」は特別なのだ。なぜなら、トリ神様の依り代を神輿に乗せて練り歩くのだから。トリ神様の依り代はとても変わった形をしている。単なる鳥ではなく、その姿かたちは始祖鳥しそちょうのそれだ。「ヒナ祭り」の歴史の長さがよく分かる。そうジュラ紀末から続いているのだ。



 これだけを聞くと伝統があるとしか思わないだろう。しかし、恐竜の一部が絶滅寸前になり一部が鳥へと進化したから始まったのだ。もし、恐竜たちの時代が続いていれば――違った世界があったに違いない。人間もおらず、「ヒナ祭り」も存在しなかっただろう。



「それで、『ヒナ祭り』当日は僕たちは何をすればいいの? ただ単に見ているだけ?」と子フクロウ。



「まあ、そんなところさ。いつかは次の世代のためにお前も神輿を担ぐんだ。よく見ておくんだぞ」父親フクロウはエッホエッホと練習を再開する。



 先ほどまでと違い、子フクロウの目には真剣さが見て取れる。



 三月三日は人間にとっても鳥たちにとっても特別な日なのだ。もし、鳥たちのさえずりを聞いたなら、間違いなく「ヒナ祭り」のものだろう。

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ヒナ祭り 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993

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