地球の外で”ひなまつり”?

渡貫とゐち

ひなまつり


 三月三日、今日はひなまつりだ。

 地球では今頃、ひな人形が出され、並べられているのだろう。


「――室長っ、そっちにひな人形がいってませんかーっっ!?!?」


 無重力の船内で、船員(クルー)が壁を使って部屋まで飛び込んでくる。

 扉を開けっ放しにしていたため、知らぬ内にひな人形が部屋に入ってきても気づけなかっただろう。


「ひな人形か……いいや見ていないが?」

「そうですか……」


 真っ白な部屋を見回してみるが、ひな人形らしきものはなかった。

 無重力の宇宙船内なので、私たちと同じくひな人形も浮遊してしまうのだ。

 そう言えば、ちょうどひなまつりがあるからと言ってひな人形を持ち込んでいたクルーがいたな……それが彼女なのだろうけど。


 日本が大好きなアメリカ人のエヴァ・マッドソン――彼女だけやたらと大荷物だったのは宇宙でひなまつりをするためだったようだ。

 持ち運ぶことを管理者に渋られていた様子だったけど、ひなまつりを蔑ろにすると長い目で見れば呪われるだろうと熱弁していたおかげ(?)で持ち運びができた。

 人形以外は組み立て式なので省スペースに収まったのも大きいだろう。


 ひな人形。

 そして、彼女は人形を飾るらしい…………ここで?

 無重力で?


「エヴァ、人形あったぞ」

「ありがとデービッド!!」


 彼女と仲が良い青年がひな人形を抱えていた。

 捕まえていないとふわふわと移動してしまうらしい。無重力ならそうなるか。


「いなくなったのは何体だ?」

「見失ったのは五体です!」

「飾るのだろう? 何段なんだ?」

「七です!」


 ……なかなか大掛かりだな。とすると、ひな人形は十五体だった気がするが……その内の五体が行方不明になっていると言う。

 五体程度なら、三人で探せばすぐに見つかるだろう。


「エヴァ、私も手伝おう。デービッドも引き続きいいかな?」

「構いませんけど……」

「室長もデービッドもありがとう!」


 ふわふわと浮いて船内を徘徊するひな人形を早めに回収しないとな。

 ワールドワイドなこの船の中で人形がふわふわと浮いていると騒ぎになってしまうかもしれない。そういうホラー映画、あったような……?




「ひぃああああああああああああああああああああああッッ!?!?」




 すると、そんな男の悲鳴が聞こえてきた。

 慌てて駆け付けてみれば、無重力ということも忘れて空中で全力疾走している男がいた……彼の名はジョセフだ。

 細身の青年が必死に逃げようとしているのは、彼の背後に”浮き上がるひな人形”がいたからである。その人形は、まるで意思があるように浮き上がって、ジョセフに近づいていく――――


「アナ、アナアナ、ッ!? なんでここにアナベル人形がぁっっ!?」


「違う、それひな人形、呪われてない」


 エヴァが否定する。

 ……アメリカ人同士でなぜカタコトで喋るのだろう……。


 どうやらジョセフは、浮き上がるひな人形を呪いのアナベル人形と勘違いしたらしい。

 勘違い? 見た目、全然違うけど。

 無重力ということを忘れていれば、浮き上がった上で近づいてくる人形を見れば、呪いの人形と勘違いしてもおかしくないか。

 向こうではアナベル人形だけに限らず、呪いの人形は多いらしいし……有名な映画ではチャイルドプレイがあったな。


「ジョセフ、大丈夫だ。それは呪い人形ではない。女の子の成長を祝う、日本のちゃんとした人形だよ」

「室長! ですけど、この人形すっごく怖いですよ!?」

「それは分からないでもないが」


 昔ながらの人形は明るいところで見ても怖いものだ。

 美少女フィギュアという比較対象があるのも、より怖さを際立たせる。


「ほら、ただの人形だ、怖くない」

「はぃ……」

「あははっ、ジョセフは情けないなー。人形を見れば全部が呪われてると思うなんて考えすぎだよー」


 エヴァはひな人形を抱えながらジョセフを指差し笑っていた。

 むっとしてもおかしくはないが、ジョセフはそれどころではなさそうだった。


「……エヴァ、手元の、その人形……」

「ん? そうだよ、同じひな人形だよ。いいでしょ、全部で十五体あるの。これから七段に並べるからジョセフも手伝ってよ」

「なあ、エヴァ……一応聞くけどさ、えっと、怖がらずに聞いて、答えてくれるとありがたいかな……」


「もったいぶるじゃないか、ジョセフ。気づいたことでもあるのか?」


 震える人差し指で、ジョセフがエヴァが抱えていたひな人形を指差した。

 全員が注目する――そのひな人形に。


 考えすぎだ。少し怖いが、ただのひな人形……だ。

 違和感は特にない。

 ないと思うのだが……?


「どうしたのよ、ジョセフ」


「ひな人形ってさ――――笑ってるものなの?」



 ………………どっちだった?

 笑っている人形も、まああるが……抱えているひな人形が最初から笑っていたのか、そうでないのか、私たちには判断がつかなかった。


 あらためて。

 一瞬で、全員がゾッと背筋を凍らせた。


 滴り落ちた冷や汗は、無重力ゆえに、目線の高さまで上がってくる。

 …………宇宙船、閉鎖空間。


 仮に呪いがあるのだとしたら。


 ……地球の外。


 ――宇宙まで、やってくるのか。




 …おわり

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