習作掌編集

藤川遥

ことだま

 言葉に魂が乗るように、魂を乗りこなすのもまた言葉、という驚きは、お手紙を始めて半月経ちますが、何度お書きしても薄れず、かえって増すように思います。

 毎月の似たような書き出しにはそろそろうんざりでしょう。私ね、こっちは退屈で退屈で、あなたの生活をお聞きするのが唯一の楽しみなものですから、もう老婆なんかとは止めにします、といつ書かれるかと緊張しながらいつも封を切るんです。

 このあいだ、小さな釣りの大会に参加しました。私はやっとで小魚を数匹、ちょっと落ち込んだけれど、定食屋を営んでいたという方に美味しく焼いていただいたら、身体があつく喜んで、勢いのまま他区の方にも色々話しかけちゃったりして、振り返ると恥ずかしいわね。ふふ、もちろん、魚は無魂のですよ。当然、違いなんて分かりませんでしたけれど。

 少し遠出で、猫区のある場所にもお邪魔しました。(猫区は文字の通り、順番待ちの猫たちが集められているところです)

 猫区は初めてで、もしかすると喧嘩ばかりで日夜問わずの鳴き声に辺りの方々は迷惑してるんじゃないかしら、と思っていたのだけど、猫って案外制度には従う生き物のようで、ぴしっと前足を揃えて並んでいました。そんな姿勢をすてきな日本語で、香箱座りって言うんですって。猫は大して好きじゃなかったのだけど、それを聞いてから少し愛しく感じました。

 そういえば、先月お書きになっていたハレー彗星はご覧になれましたか。せっかく美代さんに教えて頂いたので、私も地区のひとをお誘いして見ました。じっくり空を見る機会はここに来てから少なくて、それまで気づかなかったのだけど、中空ですから、やはりそちらよりも空がほんの少し近いのですね。考えてみれば当たり前なのだけど、こういうふとした瞬間に、あらためて実感するのです。彗星を待ちながら、となりにいらした方が、僕はお手紙の縁も、始めの数ヶ月は興味で相手してくれていたけど、半年も経たずに送られてこなくなりましたよ、と悲しく仰っていて、私はちょっと、意地悪く、自慢の気持ちになりました。

 来月には、ついにお手紙でなく、ちゃんとご挨拶ができますね。お手紙を始めてからの縁ですが、美代さんは時間をつくって、わざわざ手入れにまで来て下さっているようで、こうして繋がることのできた幸運が、日々染み入るようです。

 美代さんの誠実なご容貌は、お手紙を通じて感じます。相手は老婆ですから、どうか恥ずかしがらずに、気安いお心でいらしてください。

 つぎは、ちゃんとお声で、いろいろお話しましょうね。

 ふふ、書いているだけで、心が躍ります。

 美代さん、健康には、くれぐれもお気をつけください。

 それでは、七月十五日、盆の薄明に、私の墓で。

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