【 某アイドルコンテスト落選作】触らぬ愛に祟りなし~とある殺人犯の残した手記~
村田鉄則
触らぬ愛に祟りなし~とある殺人犯の残した手記~
これは数年前起きた、地下アイドルAさんを殺し自殺した犯人の手記である。
当時報道されることも無かった事件のため世間的には知られてないだろう。
この手記は事件に至った経緯が事細かに書かれている。
僕は、この手記を残した殺人犯の中学時代からの友人である。
彼が生前最後に、僕に対して送ってきたメールに添付されたテキストファイルがこの手記の元データである。件名は無記入。メッセージも無記入で、ファイルのみ送られてきた。
プライバシーに関わる部分やその他一部分は、僕が手を加えた。
僕は未だに彼が生前、最期の時間にこの文章を僕に送ってきた意図がわからない。
※※※(以下テキストファイル(一部編集済み))※※※
触らぬ愛に祟りなし(原文ママ)
私は一人の女性を愛した。愛しすぎた。アイドルグループXのA。私はAを愛し過ぎるがために殺したのだ。私とAとの出会いは、とある音楽番組だった。深夜に放送されていたそれを偶然、当時、不眠症で悩んでいた私は眠れぬ夜に何の気なしに見ていた。そんな私の目の前にアイドルグループXが出てきた。Xは所謂地下アイドルというやつで、主に地下にあるライブハウスの舞台上で活躍するグループだった。私はそのXの中において、一人だけ光り輝くAに目が釘付けになった。比喩とかでは無く、本当に当時の私の目には彼女が光り輝いて見えた。私は、すぐさま、スマホを使ってAについて調べ始めた。AのSNSアカウントや、出演動画、Xのメンバーとして出した曲など、Aに関してネットに上がっていて調べられる情報は翌朝になるまでずっと洗いざらい調べた。調べていく中で、Xのライブが、次の金曜日の夜に開かれることがわかった。私は関西住みで、ライブ会場であるBは東京にあったため、仕事終わりにそのまま新幹線で行くことになったのだが、疲れなど微塵も感じなかった。生のAに会える、ただそれだけで私の疲れはぶっ飛んだのだ。ライブ会場のBはかなり小さい箱であり、観客も自分を含めて10人も満たなかった。そして、私以外は常連客だったらしく、私にXのメンバーたちはライブ前に、よく話しかけてくれた。しかし、私の耳朶にはAの言葉しか入ってこなかったため、A以外の子たちが何を話しかけてきたかは、よく覚えていない。Aは私に「おおっ新しいお客さんだ!来てくれてありがとう!」「○○(本当は実名が入っていた)さんって言うんだね!かっこいい名前!」「へえ関西から来てくれたんだ!わざわざ遠いところからありがとう!」と言ってくれた。ライブの曲に関しても全く耳には入らなかった。ライブ中、私はAの顔の動き・身体の動き・服の揺れなどその全てを目に焼き付けていた。視覚だけを研ぎ澄ましていたがために、聴力は機能しなくなったのだろう。もはや無音の時を過ごしていた。ライブ終わり、私はAとチェキを撮った。5000円取られたが、そんな値段どうでも良かった。ライブ終わり、会場近くのネットカフェに行って、Aと自分の映った写真を抱きながら、寝た。なんだか心地よく、久々に眠剤を飲まずに深く眠ることができた。私はその日からXのライブには必ず参加することにした。曲を聴くためじゃない。Aに会うためだ。Aに会って彼女を観察し、彼女のエーテルを浴びることで私はこの世に初めて人間として存在できる、そう思えるほど彼女に入れ込んでいた。アイドルは偶像から来た言葉である。偶像とは、人々の信仰の対象となる像のことだ。つまりは、アイドル=神と言っても過言ではない。いや普通の人にとっては過言であるかもしれない。しかし、事実、私、○○にとっては、Aはまさに神そのものだった。毎回ライブ終わりに撮ったAと私の大量のツーショット写真は自宅の本棚の上に置き、毎晩寝る前に拝み、寝るときは胸に抱えて寝ていた。また、テレビは処分し、ご飯を食べるときは常に彼女の出演している番組をスマホやタブレットで見ていた。もちろん売れないアイドルである彼女が出ている番組など少なく、同じ番組を何度も繰り返し見ていた。そんな私だが、彼女を性の対象として見ることはしなかった。彼女は私にとって尊い者であり、崇拝の対象であり、性の対象になる者ではないと思っていたからだ。しかし、後にこの信仰心が私が彼女を殺すまで至った理由となったのだ。私は給料の全てをAにつぎ込んだ。遠征ライブでも、地方のショッピングセンターで行われる小規模なライブでも、どんなライブも私は参加した。そんな日々を送っていると、Aがある日のライブ終わり(ライブ会場はBだった)に、私にこんなことを囁いてきた。「この後、会場裏に来て・・・」私は、Aにそんな提案されるとは思ってなくてドギマギしたが、崇拝するAの頼み事であるし、その提案に乗った。それが悲劇の始まりだとは知らずに。ライブ会場裏で待っていると、私服姿のAが来た。フリルの付いた真っ白なワンピースでとても可愛らしい格好だった。Aは私に近づき、こう言った。「いつも遠いところから来てくれてありがとう!今日はね良いことしてあげる!」私はその言葉を聞いたとき、薄々この後の展開を予期していたのだが、本当にその通りになった。Aは私をホテル前まで引き連れていったのだ。Aは私の顔が実は好みだったこと、ずっと前から彼氏がおらず私と付き合おうと思っていること、実はずっと私と繋がりたかったことなど、私に対する愛についての文言を延々とホテル前で述べていた。私はAが人間であることをそこで悟った。しかも、性欲のある人間。私はそのことが許せなかった。そして、このシチュエーションに興奮している自分の身体の部位も許せなかった。私はそのとき、彼女の殺害と自殺を決意した。それが自然だと思った。それが私にとって最適解だと思った。それが私の信仰心の顕れの一つだと思った。そして、私は彼女に引き連れられ、入ったホテルの一室で彼女の首を絞め、殺した。私もそこで首をくくって死のうと一瞬思ったが、それは私にとって神であった彼女に対して失礼だと思い、自殺に関しては関西の自宅ですることにした。それがただの愚かな信者である私にとってふさわしい死に方だと思った。私は彼女の遺体、いやホトケをホテルの部屋に残し、そのまま、電車、新幹線などを乗り換えて、自宅へ向かった。新幹線で窓を眺めているとき、ふと、人生の終盤を彼女と過ごせて私は幸せだったと少し思った。
私は、死ぬ直前になっている今、この文章を書いている。もっと書きたい話がある気もするが、長くなっても、死に少し未練が残りそうだし、ここまでにする。
××(僕の名前)、この文章は、とある信者が信仰心を守り、儚い結末を迎えた綺麗なものだったろうか?それとも異常者による殺人を描いた奇妙なものだったろうか?それとも信仰心ゆえに信仰の対象の愛に触れ、過ちを犯した悲しいものだったろうか?その判断は××に任せる。
※※※※※※※
以上がある殺人犯の残した手記だ。
『触らぬ愛に祟りなし』というタイトルは彼の末路をよく表していると思われる。
アイドルは”愛取る”とも書き換えられる。
あくまで偶像であったAさんに愛取られた彼が、彼女の愛、性愛ともいえる愛に触れることで、異常とも思える信仰心がはたらき、結果として、彼女に死をもたらしたのだろう。
実を言うと、昨日、新しいパソコンを買ったため、古いパソコンのデータ整理をしていたとき、この手記のファイルを私は見つけた。そして、今一度、この文章を読み返したのだった。しかしながら、改めてこの文章を読み返してみても、彼の最期の問いの答えは結局わからず、ネットの海で聞いてみることにしたのだ。
そう、この文章の読者であるあなたに。
あなたは、彼のことをどう思う?
【 某アイドルコンテスト落選作】触らぬ愛に祟りなし~とある殺人犯の残した手記~ 村田鉄則 @muratetsu
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