ひいなまつり
飯田太朗
ひいなまつり
「
僕は電話口でそう告げる。すると小さな舌打ちが聞こえた。そうして電話は切れた。
*
ひいなまつり。
「火稲祭」と書くらしい。文字通り稲に火をつける行為を指すらしく、意味は「根絶やしにしろ」あるいは「滅びろ」。お察しの通り、「祭」という名の呪詛である。
実行の仕方は簡単と言えば簡単である。
祭司用に栽培された稲の穂に火をつけ、燃え尽きるまでそれを黙って見つめる。火の中に呪いたい人の顔を思い浮かべながら、ただただ黙って見つめ続ける。それだけである。
ただこの、「祭司用の稲」の入手が難しい。聞くところによると、和歌山県のとある山奥でしか栽培されていないらしい。
僕がこの「ひいなまつり」について知ったのは本当に偶然だった。ある日、KADOKAWAの編集者である与謝野明子くんからこんなメールが送られてきたのだ。
〈飯田先生 『ひなまつり』というお題で短編一本書けませんか? 今度カクヨムで『ひなまつり』をお題にした短編フェスティバル開く予定で……〉
はやい話がその短編フェスティバルとやらに参加して祭を盛り上げろ、ということらしい。カクヨム公式でプロ作家にも参加してもらうイベントとして企画していたようで、もともととあるWeb作家にプロ枠での参加を頼んでいたのだが、いきなり話をご破産にされたとかで、後任探しに難儀していたらしい。報酬ははずむから、とのことで僕は引き受けた。一週間後に原稿用紙二十五枚分の短編を一本、納品してほしいとのこと。
僕は『幸田一路は認めない』という民俗学系ミステリーを書いている。ひなまつり、も民俗学的に解釈できないか。そう思って僕はひなまつりについて調べ始めた。そこでこの「ひいなまつり」を知った、というわけである。
「ひいなまつり」という言葉自体「ひなまつり」の原型らしいのだが、この「ひいなまつり」に同音異義の祭が存在し、それがこの「火稲祭」というらしかった。
――いいぞ、民俗学らしくなってきた。
僕はさらに調査を進めた。そこであのブログを見つけた。
〈
と銘打たれたそのブログは、流し読みする感じだと京都にある瀬良神社という小さな神社の神主による日常記録で、一見すると大したことのない内容だった。だが「ひいなまつり」でサイト内検索にかけると、ある一つの記事が見つかった。
〈とある家族についての告白〉
一応念を押しておくと、このブログはタイトルに必ず「告白」という文言を入れる決まりにしているらしく、この〈とある家族についての告白〉も、何も前提条件がなければ不穏なタイトルに感じたかもしれないが、一連の内容を見ていると「まぁ、こんなもんか」というタイトルだった。
ただ、内容は少し妙な空気感があった。
〈ちょうど十年前に祈祷に来た家族のことを思い出した。詳しい場所は伏せますが、京都府南丹市で起こったとある火災で亡くなったご家族が、どうも以前うちの神社で祈祷をした家族のようでした〉
そう始まった記事はさらに続く。
〈そのご家族は私たち神職界隈では割と名の知られた『火稲祭』という呪詛が根付く地域のご出身でした。だから祈祷をあげる私としてもとても緊張感を持って臨みました。御祈祷内容は伏せますが、どうもこの祈祷の際の『歪み』がこの火災を巻き起こしたような気がしてならないのです〉
火災。
祈祷。
歪み。
僕が京都府の瀬良神社に足を運んだことは、想像に難くないと思う。
*
訪れてみると、瀬良神社は山間の町の外れにぽつんと建つ小さな神社だった。鳥居が崖と崖のちょっとした谷間にあるので、緑のトンネルの中、両脇をそりたつ壁に囲まれながら奥地を目指すというなかなか神秘的な体験ができる神社だった。本殿はそんな木のトンネルの最奥、空を覆う枝が一部だけ開けた、空からの祝福を受けたような場所にぽつんとあった。
社務所に行く。一人の巫女さんが欠伸をしながらお守りやお札の並んだ受付の奥にいた。僕は話しかけた。
「はぁ、平山ですか」
神主さんは平山というらしい。
「呼んできますので少々お待ちください」
そうしてやってきた神主は僕より少し歳上くらいの、推定四十代の男性だった。彼はぺこぺこしながら僕に応対した。
「はは、お恥ずかしい。あのブログを見ましたか」
口どりは妙に軽快な神主だった。
「このところ更新しとりませんでしたがな」
そう、照れ笑いをする神主に僕は本題を切り出した。
すると神主の表情に一瞬、影が差した。
「ああ、あのご家族ですか」
神主さんは唇をきゅっと結ぶとこう告げた。
「ここでお話も何ですので、中へ」
僕は導かれるまま社務所の奥、待合室のような場所へと向かった。
先ほどの巫女さんがお茶を出してくれる。神主さんは両手を蠅のように擦り合わせるとこう話し始めた。
「ご存知かどうかしりませんが、うちは家内安全一族繁栄を祈る神社でして」
その程度の知識は僕も入れていた。
「あのご家族……
ここまで聞く限り、特段怪しい雰囲気は出てこない。
「うちは家内安全の御祈祷をあげる際、ご家族全員での参加をお願いしております。だってそうでしょう。家族のお祈りをするのに家族が揃わないなんておかしいですからね。ですからあの日も、西酉さんご一家にお祈りの効果と決まり事を説明した後にこう訊ねました。『皆さんお揃いですか』」
言いたいことは分かるが、遠方に住む家族の安全を願いたい場合はどうするのだろうか、などと、本筋から逸れたことを僕は考えていた。
「西酉さんご一家はすぐに『全員います』と頷きました。それから御祈祷です。一通り手順を踏み、最後に御神酒を口に含んで完了、となった時でした」
僕は黙って話の続きを聞いた。
「『お姉ちゃんこれでさよならかな』娘さんがそうつぶやいたのを私、聞いてしまったんです」
「……ちなみにその場にいたご家族は?」
僕が訊ねると神主さんは言いにくそうに答えた。
「ご両親と、小学校低学年くらいの娘さんがお一人」
「一人っ子に見えますね」
「ええ。なのに『お姉ちゃん』と……」
それも「さよなら」。お姉ちゃんにさよなら。聞いた感じ「家内安全」からは遠そうだ。
「その数週間後です」
僕は「本題が来るぞ」と身構えた。
「南丹市でですね。火事があって、西酉さんご一家が焼死したとの報道があったのは」
「ブログによれば……」
僕はあの記事を読んだ時から気になっていたことを訊ねた。
「祈祷の歪みがあの火事を招いたのではないかと書いてましたね」
「ええ」
神主さんは神妙な面持ちだった。
「先ほども言いましたが、当神社の祈祷は家族全員参加が基本です」
「それに反すると?」
僕の問いに神主さんは答えた。
「それ相応の結末が、と言いますか……」
「それ相応の結末」
「ええ。全員参加ではない、つまり欠けた存在がいるとその欠けた存在が神様から『その一家の一員ではない』という風に解釈されてしまう。家内安全からはかけ離れます。それについても事前に西酉さんご夫妻にも説明したのですが……」
あのような悲しい結果に。
すると神主さんは、徐にスマホを取り出すと、すいすいと操作をしてある画面を僕に見せてきた。
それはXの画面だった。
〈ニコりんりん〉
そんな名前のアカウントである。
「あの火災の少し後にXで……当時はまだTwitterでしたね。で見つけて。記憶に残ってたのでこうして今も検索にかけられたというわけなのですが……」
ニコりんりんのプロフィールを見る。
〈和歌山出身のOL。酒と男とオカルトが大好き〉
とある。〈2015年8月からXを利用しています〉
神主のブログでは、火災は十年前とのこと。2015年。ぴったり十年前である。
現在OL。仮に社会人になる二十三歳から三十歳の間に幅をとっても、事件当日高校生か大学生。なるほどそんなアカウントの何が本件に関係するのだろう。
そう思っていると神主さんはさらにスマホを操作し、ニコりんりんの2015年12月のポストを見せてきた。
〈ヤバ……呪いに加担したかも〉
「それに続くリプライも見てみてください」
神主さんにそう勧められ、僕はポストを深掘りしてみる。
まずはニコりんりんさんのフォロワーさんのコメント。
〈呪いって?〉
するとニコりんりんが返す。
〈火稲祭っていうのが京都にあんの。祭って言いながら呪いの儀式らしいんだけど。そのお祭には私の地元の稲が使われるらしいのね。で、私この間その稲渡しちゃったんだよね……〉
続くリプライ。
〈は? 誰に? 何で?〉
ニコりんりんが返す。
〈私趣味で藁を使ったお守り制作みたいなのやってんの。この間ネットでそれ欲しいって言う人いて。すごいお金出してくれたからすぐに送ったんだけどよく考えたらうちの地元の藁が欲しくてそんな大金出したのかなって〉
〈いくらくれたの?〉
〈四桁〉
なるほど。推定女子高生が趣味で編んだお守りに一万円以上は確かに大金だ。
〈JKの手編みってのが欲しかったんじゃねーの?〉
そんなリプライにもニコりんりんさんは丁寧に返している。
〈ネット上でのプロフィール本気にする人なんているの? うち中年オヤジかもよ?〉
一通り読んだ僕は唸る。
「まぁ、このニコりんりんさんが『火稲祭』に使われる稲の生産地出身であることは、日常のツイートや添付画像か何かから見抜いたとして」
神主さんが黙って顔を上げた。
「この『藁』が買われた時期と西酉一家が火事に遭ったタイミングが近いと」
「ええ。しかも南丹市がその『火稲祭』の地だとなると余計に……」
「なるほど」
こうして僕は事件に深入りしていった。
*
話が進んだのは京都から帰ってきてすぐのことだった。
あの瀬良神社の神主から電話が来たのだ。
「すみません、飯田先生。あまり大した話ではないのですが……」
そう、前置きをしてから神主さんは続けた。
「あの後、気になって西酉さんの一件について調べてみたんです。そしたらあの火事の被害の詳細が見つかりまして」
と、神主さんは電話口でその資料を読み上げた。
「『現場からは
それの何が事件に関与するのか分からなかったが、しかし神主さんは続けた。
「娘さんの『にな』は『二つ』に奈良の『奈』と書きます。『二奈』がいるなら『一つ』の『奈』もいそうじゃありませんか? そして……」
――お姉ちゃんこれでさよならできるかな。
「なるほど」
興味深い話だった。
*
西酉一家について調べることにした。2015年。もうFacebookはあった頃だなと思い、早速アプリを起動して検索にかけてみた。西酉英一、西酉友理と検索して西酉友理でひっかかった。京都在住の(当時)四十歳。交友関係……というかFacebook上での人との繋がりは薄いらしく、おそらく親類と思しき数名としか友達になっていなかった。
どちらも高齢。察するに、ご両親だった。結婚して西酉姓になる前の苗字が榊沼だったのだろう。
暫し迷ったが、取材に命を賭けるのが僕のスタイルだ。死ぬことに比べたら擦り傷だと、僕は榊沼ご夫妻にメッセージを送ってみた。
〈突然のメッセージ失礼します。西酉友理様のご両親で間違いないでしょうか。私、火稲祭について調べている小説家の飯田太朗と申します。火稲祭について調べていたところ、西酉さんご一家に関する情報が浮上しました。不躾なお願いで恐縮ですが、西酉さんご一家について何か知っていることがございましたらお話聞かせていただきたいと思い、ご連絡差し上げました。当メッセージ上のやり取り、電話、面会、当方いずれも可能です。よろしければお話お聞かせ願えませんでしょうか?〉
〆切との都合上、明日までに返信がなければ他の手を……と考えていたところ、一時間後に返信があった。
〈飯田太朗様 ご連絡ありがとうございます。お察しの通り、わたくしどもは友理の両親でございます。西酉一家についてですか。孫が近所に住んでおりますので、直接お話を聞きにいってもらえますでしょうか〉
孫が近所に住んでいる? 疑問符が浮かんだ。榊沼夫妻にとっての孫は西酉友理の子供だ。西酉二奈は亡くなってるよな? やはり一奈に相当する人がいるのか? そう思っていると続け様に電話番号が送られてきた。
〈
やはり一奈がいるようだった。
*
電話をかけた。ソプラノの綺麗な声が警戒色全開で電話に出た。どうも榊沼ご夫妻から連絡が行っているらしく、「飯田太朗さんですか?」と訊いてきたので僕は肯定した。
「
やはり。西酉家には長女がいた。僕は手応えを感じながら話を進めた。
「火稲祭について調べている最中に、西酉一家についての情報が浮上しまして」
そう、僕は経緯を語った。
それから、僕は手元にあった調査ノートに目をやる。
僕はこの一件を調べながらずっと、ノートを取っていた。「西酉一家の『家内安全』」「『お姉ちゃんこれでさよならかな』」「火稲祭の稲(=藁)の購入者」
「事情は承知しました」
僕が調査の経緯について語ると、一奈さんはそう丁寧に応じた。
「あの、これはなかなか込み入っている話ですので……」
電話口で一奈さんは声を潜める。
「もし、飯田さんの方で問題がなければ一度お会いしてお話ししたいんですけど……」
しかし僕は笑って告げた。
「いやぁ、そういうわけには、いきませんねぇ」
電話の向こうで一奈さんが凍る。
「顔を知られたら呪われますからね。火稲祭は燃えていく稲を憎い相手の顔を浮かべながら見つめる、でしたっけ?」
一瞬だけ、お互いに黙った。
「西酉一家の『家内安全』」
そう、僕は語り出す。
「家族全員が揃っていないといけない祈祷にあなただけ呼ばれていない。これは暗に『一奈は家族じゃない』と言われているようなものだ」
電話の向こうからはジーッという電子音。
「あなたが家族の中でどういう立ち位置にいたのかは分からない。けれど火事が起こって遺体が見つかった時でさえあなたの安否については語られなかった。きっとご家族はあなたについて隠していた。隠されるような関係性だった。察するに、引きこもり、あるいは家族からの虐待、とにかく、健全な家族関係ではなかった」
お姉ちゃんこれでさよならかな。
僕は二奈さんのこの言葉を引用する。
「まだ小学校低学年の妹さんがこう言うくらい腐敗した関係だったのでしょうね」
それから僕は電話口に向かって続けた。
「外部に存在が知られていないような子です。きっと一日中家に篭っている。篭って何をしていたか。一昔前の引きこもりは日がな一日テレビを見ていることが多かったそうですが、インターネットが普及した昨今はネットに居場所を求める人が大半でしょう。あなたもそうだったはずだ」
電話の向こうの音が止まった。
「ネットに繋がってあなたは何をしていたか。XなどのSNSは居場所としてちょうどいいでしょうね。そしてそこで、あなたは見つけたんだ」
地元に伝わる火稲祭で使われる稲の藁を。
僕が続けると電話の向こうで小さな吐息が聞こえた。
「ご家族はあなたを呪っています」
そう。あれは呪いだったのだ。
家族一人を除いての「家族全員が揃わないといけない家内安全の祈祷」は、裏を返せば参加しなかった家族への呪詛である。神様に「その一家の一員ではない」と認識されるということはすなわち神を媒体とした勘当だ。
「これを知ったあなたは反撃に出た」
そこからの話は簡単だ。
「SNS上で呪詛の材料を見つけたあなたは有り金叩いてあの藁でできたお守りを買うと、それを使って火稲祭を一人で執り行った」
だから、そう。
僕は続けた。
「火稲祭で西酉一家を呪ったのは
僕は電話口でそう告げる。すると小さな舌打ちが聞こえた。そうして電話は切れた。
了
ひいなまつり 飯田太朗 @taroIda
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