囃子

 真っ暗な家の中だけど、外から入る月明かりがかすかに戸の位置を教えてくれる。

 とうさまと、かあさまは眠っている。


 わたしはこのうちの子ではないけど、ねえさまがこのうちの子にしてくれた。

 とうさまも、かあさまも優しい。

 でも、やっぱりねえさまに会いたいな。


 そう思ってしまうと、どんどん会いたいと気持ちが強くなってしまう。

 だめよ。ねえさまと約束したんだもの。

 とうさまとかあさまの言うことはよく聞くって。

 あぁ、でも、ねえさまに会いたいな。 

 

 ぴーひょろ。とん、ととん。


 やっぱり、音が聞こえる。

 わたしはその音にひかれて、戸の前に近付いた。

 隙間に手を入れて、頑張ってみれば戸が開いた。


 ぴーひょろ。

 とん、ととん。

 ぴーひょろろ。

 とととん、とん、とん。


 賑やかな音に思わず、戸を抜ける足が軽くなっていた。

 青い光が珍しいなと思って顔を上げたら、大きな青い月が、里を埋め尽くすようにあった。


 こんなに大きなお月さまははじめてだ。

 ねえさまと一緒にみたかった。


 家をでて、音のする方に向かって歩く。

 この道は、ねえさまが婿さまのいえに向かうために通っていった道だ。


 もしかしたら、ねえさまの新しいおうちが分かるかも。


 ねえさまに知られたら、きっとびっくりしてしまう。

 だから、内緒。

 内緒でいこう。

 遠くからひと目だけみて、すぐに戻ってこよう。


 それで、明るいときにねえさまに改めて会いにいこう。

 ねえさまも、きっとそのくらいは許してくれるはずだわ。



 ねえさま。

 ねえさま。


 坂道を登りすすむうちに、頂上につく。

 真っ青な月が峠の前で口を開けてるように見える。

 ふふ。お月さまのお口は大きいのね。


 月の光はきれいで、ねえさまの白無垢のよう。

 この月の下でのねえさまは、いっとう……もっと?

 もっともっと、いっとうきれいなんだわっ。


 そう思うと、長い道のりも気にならなくなるのね。

 あっという間に、家が遠くなってしまった。


 ぴーひょろ、ぴーっ。


 ふえの音が高くひびく。

 あまりに鋭い音にびっくりして、わたしは飛び上がってしまった。

 なにか、人の声も聞こえた気もしたけれど、振り返っても、周囲には誰もいない。


 ふえの音も、たいこの音もなくなった。


 どうしたんだろう。

 もうお祭りは終わったのかな?


 辺りを見ても誰もいない。

 あおざめた月の光だけが、辺り一帯をのみこんでるみたい。


 この先にもまだ道は続いてる。

 村からだいぶ離れてしまった。でも、わたしは走ってかえれる。

 村のだれより足だけは自慢だもの。

 だから、もう少しだけ進んでみよう。


 朝までかえれば大丈夫。

 ねえさまの姿をちょっと見て、帰るだけだもの。


 けれど、変な匂いがする。

 雨が降ったせいか、道がぐずぐずになってるのも気になって来た。


 ねえさまはこんな道を通ったのかな。


 地面の上に寝てる人がいる。


 ねえさまが通ったあとなら良いけれど。

 でも、ねえさまの匂いがする。



 ねえさまはやっぱりこの道を通ったんだ。

 それとも、まだこの近くにいるのかな。


 寝てる人からは変な匂いがする。


 ねえさまに移ってなければいいのに。

 ねえさまは、ずっとお日様の匂いがしないとダメなのよ。


 心配になってきた。

 ねえさまに変な匂いがつけられてないか。

 もし、大好きなねえさまの匂いが変わっていたら……



 あぁ。これは由々しき事態!


 きっと、こういうときに言う言葉なんだ。


 ねえさまに会わないと!

 あって確かめないとっ。


 婿さまがどれだけ「よい人」であっても、ねえさまに相応しくなければダメっ。


 とうさまも、かあさまも「婿さまはよい人」と言ったけれど、わたしが知らない!

 ねえさまを幸せにしてくれるって、ちゃんとわたしの前で言ってくれないと、安心できないわ。



 はじめての気持ちに、一生懸命、わたしは走りはじめる。

 ねえさまが言ってくれたもの。

 わたしが、ねえさまをいっとう大事にしてるって。


 みんなそれを知ってくれてた。

 ねえさまだって、わたしが大事といってくれた。


 この先には滝がある。

 かすかに、どどど……と、水が流れる音が響いてる。

 ねえさまと、よくすごした場所だから、分かる。

 きっと、ねえさまはそこで休んでるかもしれない。


 だって、ねえさまは、よく言っていたもの。



「願い滝のそばで一晩過ごすと、どんな願い事も神様が叶えて下さるそうなの」

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