わたしのひなまつり
天貴 新斗
よめひ
三月の
ねえさまは白無垢に身をつつんで、家を出ていった。
とうさま、かあさまだけでなく、村のみんなもよろこんでくれた。
ねえさまはやさしい。
ねえさまを慕うのは村のみんなだけじゃなく、近所の猫や犬もなついていた。
わたしが近付くと怒る猫も、ねえさまが傍にいると大人しくなる。
ねえさまは天女さまだ。
誰もが、ねえさまのことを大好きになる。
年の明けにねえさまを見初めた、というご使者さまがきた。
ていねいに頭を下げたご使者さまは、緋色の布に包んだ手紙をとうさまへ差し出した。
ちょっとだけ、いやな匂いがした。
最初はみんな困っていた。
なんでも、やまぬいさま、という方かららしい。
わたしには、よく分からない。
でも、ねえさまがその手紙を読んだあと、とうさまとかあさまと、三人だけでずっと話をしていた。
かあさまが「あのおかたからなんて……」と声をふるわせていた。
とうさまもなにか考えていたように、ねえさまとかあさまを、抱きよせていた。
わたしは分からないままで、ねえさまの膝のうえで、撫でられる手の心地よさに、気付くと寝てしまっていた。
わたしにとってねえさまは、いっとうの自慢だ。
いつもよい香りがする。わたしを抱き上げてくれるときは、特にお日様のような良い香りがするの。
ねえさまの白い肌はこれからを考えてか、すこしほっぺたが桃色になっている。
愛らしいと思うのはおかしいかな。
ねえさまの恥ずかしげな微笑にあわせて、夜の星をはめた瞳が細くなる。
じっと見つめるうちに、わたしも気が付くと笑っていた。
村のみんなが、ねえさまの嫁入り道具をかついで、婿さまのおうちに運んでいく。
ねえさまがお興しに入ってしまった。
進みだしてしまえばもう、ねえさまはこの村には戻って来ない。
婿さまの顔はわからない。
けれど、とうさまもかあさまも「きっとよい人だよ」と笑みを浮べていう。
だからわたしも、うなづいた。
ねえさまの白無垢は村の特別な糸だ。
真っ白に見えるけれど、陽の加減によって青みが浮かぶ。
それに同じ糸を使ったししゅうが入ってる。
麻の葉、むつかしい鳥、松の絵柄。
かあさまや村のひとたちが、ひと針ひと針と縫ってくれた。
わたしが気になってのぞきに行くと、みんなが危ないと言って追い出すのだけが、さみしかった。
でも、みんなが紡ぐきらきら光る糸は、ねえさまを美しい天女さまにしてくれる。
だから、ねえさまの身をつつむ白無垢は、みんなの愛情がたっぷり入ってるんだ。
「げんきでね」
ねえさまの優しい声。
もう聞けなくなってしまう。
そう思ったとたんに、わたしの視界が痛くなったように歪んだ。
ねえさま。
わたしの自慢のねえさま。
ほんとうにいってしまうの。
「とうさま、かあさまの言うことはよく聞くのよ」
うん。大丈夫だよねえさま。ちゃんと言うこと聞くから安心して。
白く細いねえさまの指が、わたしの頭を撫でてくれる。
ねえさまに撫でられるのは好き。
やさしくて、ふわふわとした心地になるの。
とうさまも、かあさまも、わたしが寂しいとなくから、そっと背中を撫でてくれた。
ねえさまが乗ったお輿が、婿さまが手配したという男手によって、ふわっと地面から離れた。
さみしい。
寂しいな。
でも、ねえさまと約束したばかり。
元気でいるから。ねえさまも元気でね。
少しずつ離れて、小さくなっていくお興しをみんなで見送る。
さみしい。
寂しいな。
「いっちまったねぇ」
かあさまの優しい声に、わたしは頷いて、ねえさまの姿が遠く見えなくなるまで足元にうずくまって見送った。
ぽつん、ぽつん……
雨がふって来た。
ねえさまの嫁入りの日になんていうことだ。
神さま、ねえさまが濡れちゃうから、いまだけは降らないで。
もし降るのなら、ねえさまが婿さまのおうちに付いたあと。
神さま。あとでお供えに行くから、どうかにっこりお日様でいて。
「おや。お天気雨だね……」
「さあ、風邪引かないうちに家に戻ろう」
かあさまととうさまの声。
わたしはねえさまと約束したから、さみしいけど、言うことを聞いて家に入った。
けど、やっぱり、ねえさまのいない家はさみしい。
桃の白い花びらが里山にふる。
ふえたいこのお囃子。
どこから聞こえるのか分からない。
お祭りはまださき。
ずっとずっと先のはずなのに。
ぴーひょろ。
ぴーひょろろ。
やっぱり聞こえる。
わたしは目がさめてしまった。
上巳の日。
真っ暗な夜の時間なのに。
ねえさまのためのお祭りかしら。
ぴーひょろろ。ぴーひょろ。
とん、とととん、とん、とん。
まちがいない、お囃子だ。
きっと、お嫁に行ったねえさまのためのお祭りね。
行けば、ねえさまに会えるのかしら。
行ってみたい……
わたしは、どうしても寝られなくなってしまって、起きてしまった。
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