パパの場合

 今日はひな祭りだ。


 朝からヒナがとても楽しみにしていたひな祭り。いや、もう数日前からワクワクしてたかな?


 なのに、仕事が押している。


 仕事で一人欠員が出た為に、その分の仕事が回って来たわけだ。こんな時に限ってタイミングが悪い。


 早く切り上げて、ケーキを買わなくちゃいけないのに!


 日も暮れて、遅くなってしまったが、幸い店はまだ開いてるだろう。思わず気がはやり、足が急く。


 ⋯⋯。


 くそ! ケーキがない! いや、あっちの店はまだ開いてるから、とりあえず見に行こう! ない。ない。ない。と、数件回ってようやく見つけた、苺のショートケーキ。ヒナが一番好きなケーキなのだ。


 他のケーキなら何処にでも残っていたけど、やっぱりヒナの一番喜ぶ顔が観たいからね?


 僕はそんなヒナが喜ぶ顔を思い浮かべて帰路を急ぐ。


 随分と遅くなってしまった。


 ヒナは先にご飯を食べていてくれるだろうか? お腹をすかせて待たせるなんて、させたくない。


 部屋に明かりが点いている。少し安心して、玄関を開けると気が緩んでそのまま倒れ込んでしまった。


 疲れた。


 ひどく疲れた。


 ⋯⋯。


 ちゅ♡


 うん、わかってる。


「テッテレー!」


 僕は全力で立ち上がり、両腕に力こぶを作ってヒナに見せた。


 パパは大丈夫。


 ヒナの為ならいくらだって頑張れるからな!! ここからはママが言ってたスーパーダーリン? とか言うやつだ!!


 汗臭い服はさっさと洗濯機に入れて回し、作り置きしていた料理を温めながら、簡単に副菜をいくつか作り、お吸い物も作り足そう。当然、お風呂も洗ってお湯を張っておく。


 先にお腹を空かせて待っていただろうから、ヒナと晩御飯を食べた。もちろんテーブルにはママの写真も一緒だ。


 僕は知ってる。ヒナは僕の為に食べずにお腹空いたのを我慢して待っていた事を。唐揚げがいくつか無くなっていても、僕は泣くほど嬉しい。ママも僕がどんなに遅くなっても待っていてくれた。ヒナはママにほんとうによく似ている。


 ママの着物を仕立て直して作ったヒナの着物。動画でみて着付けをしてみるが、見様見真似なので、これで合っているかどうかは判らない。とにかく可愛いから好しとしよう。


 やっぱりママによく似てる。

 

 うん、大丈夫。


「さあヒナ、お楽しみだぞ!」

「わ〜い、ケーキだぁ♪」


 ヒナは苺のショートケーキが大好きだ。今日、ヒナの喜ぶ顔が観たくって、この時の為に頑張ったと言っても、あっ⋯⋯。


 ヒナが転んだ。


 箱が潰れてしまって⋯⋯あ~あ、中もぐちゃぐちゃだ。


「うわあああああああああん!!」


 泣いてしまった⋯⋯。


 僕はこんなヒナを観たいわけじゃない!!


 僕はケーキの箱をそっと持ち上げて、キッチンへと運んだ。僕の知恵を総動員して、ひとつの最適解を導き出す。


 うん、大丈夫。


 僕は小麦粉、牛乳、バター、卵があるのを確認して、お菓子箱からいくつかチョコレートを取り出した。


 フライパンに水を張り、火をかけて、濡れた布巾を沈めておく。ボールにチョコを割り入れて湯せんにかけておく。

 その間に小麦粉、牛乳、バター、卵を混ぜ合わせて生地を作り、もう一つのフライパンで薄い皮を形成した。


 そう、クレープ生地だ。


 出来たクレープ生地を冷まして、そこに潰れた苺のショートケーキを包み込んだ。そのままだと芸が無いので、ネコの頭の形に形成すると、溶かしたチョコでデコレーションして、ネコの顔を描いた。余った生地でネコの手を作り、ホワイトチョコに食紅を混ぜて肉球を描く。これをカゴに入れてお皿に乗せれば、泣く子も黙る、ニャンニャンケーキの完成だ!!


「ほらヒナ? これ観て! ニャンニャンケーキだぞ!?」


「ニャンだこれ!?」


 ヒナは、フワッと花が咲いたように、笑顔になった。


 そうだ。


 この顔が観たかったんだ。


 僕はほっと一息ついて、可愛い可愛いと言って、一向に食べようとしないヒナの為に、自分の分をひとくち食べて、美味しいからとヒナにあ~んした。


「ほら、美味しいだろう?」

「おいひい!! めちゃくちゃ美味ひい!!」


 そうだろう、そうだろう。このクレープはママが残してくれたレシピだからね? 美味しくないなんて言ったら、パパが全部食べちゃうところだ。


 おっと? 夜遅くまでヒナを頑張らせてしまった。


 ウトウトして眠くなって来たようだ。本格的に寝てしまう前に、もうひと頑張りしなきゃいけない。寝てしまうと重たくなって、扱いにくくなってしまうからだ。


 うん、大丈夫。


 テキパキと服を脱がせて風呂に入れる。風呂場でも寝そうになるから、気を付けながら体を洗うと、しっかりと髪を乾かして、寝間着を着せてやる。

 甘い物も食べたんだから、しっかりと歯を磨かなくっちゃね? 小さな子供の歯が並んでいて、一本づつ念入りにチェックをしながら優しく磨いてゆく。ぐちゅぐちゅぺーしたらタオルで口元を拭ってやる。

 もうこの頃には朦朧としていてフラフラみたいだ。


 僕はヒナをお姫様抱っこして子どもの部屋へと運んだ。


 ⋯⋯大きくなったな。


 布団をかけてやると、おでこにお休みのキスをしてやる。


 ⋯⋯。


 ひな祭り⋯⋯三月三日。


 ママの命日だ。


 ヒナにはまだ言ってない。


 だって、ひな祭りを祝えなくなるじゃないか。ヒナの成長を誰よりも喜んでいるのは、他でもない、僕とママの二人なんだ。


 ママだってヒナの喜ぶ顔を⋯⋯観たいだろう?


 あ、ダメだ。ヒナの前では泣かないと決めていたのに、油断したな。


 うん⋯⋯大丈夫。






 独りになろう。






 洗濯機の洗濯物を干して、お皿を洗い、お風呂の水を抜かなきゃいけないのに⋯⋯ダメだ。


 力が出ない。


 と言うより気力がない。


 魔法使いが魔力欠乏症とか使い物にならないな?


 うん、大丈夫⋯⋯じゃない。


 テーブルに突っ伏して、君の写真を手に取る。


 ⋯⋯。


 ヒナは元気だ。


 君に似て美人になるだろうし、とっても良い子に育っているよ。


 そうだ、寂しくなんかないぞ?


 僕にはヒナがいるからね?


 寂しくなんか⋯⋯


 寂しくなんか⋯⋯


 ううん


 寂しくなくなんか、あるものか!


 君がいないことが、寂しくないことなんて一日だってない!!


 寂しくて。


 寂しくて!


 泣きたくなる時だって、たくさんある!!


 でも、ヒナにはそんな所を見せられないだろう?


 僕は頑張らなきゃいけない。


 君の分も、ヒナを幸せにしてあげなきゃいけない。


 どんなに寂しくたって、泣き言なんて言ってられない。


 そうだろう?


 笑ってないで、何とか言ってくれ⋯⋯


 僕のお雛さま。


 僕の可愛い⋯⋯おひなさ⋯⋯ま⋯⋯。









 私の素敵なお内裏さま。


 私は知っています。


 あなたはあの子のために


 強くあらねばと


 最期の時も泣かなかったけれど


 あの子が寝てから

 

 独り泣いていたことを。



 私は知っています。


 会社でどんな嫌なことがあっても


 どんなに疲れて帰って来ても


 あの子の前では


 決してそんな素振りは見せず


 ニコニコ笑っていることを。



 私は知っています。


 何度も大切な飲み会を


 頭を下げて断って


 あの子の為に


 家に帰ってくれたことも。



 私は知っています。


 何人かの女性からのアプローチも


 今はそんな気分じゃないとか言って


 頭を下げて


 断っていたことも。



 私は知っています。


 あの子の為に


 大好きだったバイクを売って


 ツーリングに行かなくなったことも。



 うん、私は知っていますよ?

 

 あなたはもうじゅうぶん頑張ってる。


 頑張り過ぎていないか心配なくらい。あなたに何かあって、あの子が悲しい思いをするくらいなら、あなたはもっと楽に生きて欲しい。


 恋愛だってすれば良い


 再婚だってすれば良い


 あの子の幸せも大事だけど


 あなたの幸せだって大事だわ?


 私はあなたと出逢って


 あの子を産んで


 幸せの中逝けた


 欲を言えばもっと生きたかったけれど


 幸せだった。



 あなたと出逢えて良かった。


 あなたと結婚して良かった。


 あなたを


 好きになって


 本当に良かったと


 思っています。


 愛しています、心から。


 私の素敵なお内裏さま⋯⋯


 チュッ♡









 出来ることなら、覚めて欲しくない夢だった。あのまま、澱のように沈んで溺れてしまいたかった。


 だが君を、君たちを想えばこそ、僕は溺れるわけにはいかない。


 僕の愛しいお雛さまたち。


 君たちの為なら


 僕はまだ


 いや


 もっともっと


 頑張れる!!















「課長⋯⋯今朝、鏡見ました?」

「⋯⋯えっ?」


 洗面台の鏡を見る。


 うわっ!?


 キスマーク⋯⋯ママ⋯⋯いや、ヒナか?


「課長も隅に置けませんね?」

「はは、ははは⋯⋯」


 さあ、今日も頑張るか!!









      ─了─

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【KAC20251】ヒナのひなまつり かごのぼっち @dark-unknown

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