夕暮れに手をつなぐ

ろくろわ

赤い夕焼け

 三月になったとはいえ、夕方はまだ肌寒い。

 待ち合わせ場所の夕雛ゆうびな神社に急ぐ僕の肺が、冷たい空気でキュッと締め付けられる。同級生で同じクラスの桜花おうかに「集合時間は十七時だけど念のため、今日の部活は休んでね。絶対に遅刻しないでよ」って言われていたのに、拝殿に続く大鳥居の前の石段が見えた時には、もう十七時半になっていた。

 大鳥居の前で足を止め息を整えようとするが、冷えた肺はそう簡単に落ち着くことはない。それでも少し急ぎ足で鳥居をくぐり、石段に向かったのは、桜花の姿が見えないからだ。流石に三十分も待たせてしまったから桜花は帰ってしまったのだろうか。八十段を越える石段を見上げても桜花はいない。しまったなぁと遅れたことを後悔しながら再び大鳥居に向き直った時、見知った顔がそこにあった事に僕は少しほっとした。

「ごめん桜花。遅くなった」

 そう言って桜花のもとに向かう。少し安心したような表情で僕を待つ桜花の手には携帯が握られていた。

 塾に通っている桜花は親との連絡用に携帯を持っていた。僕はというと、中学生にはまだ早いと親に買って貰えなかった。だから桜花が握りしめている携帯が、約束の時間になっても来ない僕に繋がることはないのだが。それでも何かしてないと不安だったのだろう。例えそれが携帯を握りしめるだけだとしても。

「なぁ桜花。遅れちゃったし、良かったら明日また来ようか?」

「駄目よ!今日じゃなきゃ。ほら一樹いつき。早く行くよ!もう時間がないのよ」

 今日の目的が何なのか分からなかったが、三十分も遅れたんだ。明日の方がいいかもという僕の提案は呆気なく却下された。桜花は僕の返事を待たずに一人駆け足で石段を上り始め、僕は慌ててその後を追った。

 八十段ぐらいの普通の階段なら三分程度で上りきれるのだが、夕雛神社の石段は勾配も急な上、足元も悪い。先に上った桜花の背中になかなか追い付くことができない。途中、何度か桜花は石段の中腹で立ち止まり振り返ってくれたが、結局、桜花に追い付いたのは石段を上りきった後だった。

「何とか間に合った。あっ、一樹は私の左側に来て」

 桜花に並んだのも束の間、有無を言わせずに僕は桜花の左隣に移動させられた。

「よし、一樹!このまま後ろを振り返るよ。せーの」

 いったい何をさせたいんだ。よく分からないまま、僕は上りきった石段の先で桜花の掛け声と一緒にさっき上ってきた石段を振り返った。そして見えた光景に思わず声が漏れた。

「おぉ!めっちゃ凄いな」

「でしょ?」

 桜花が少し自慢げに答えた。二人で振り返って見た石段は、沈みゆく夕日に照らされ、赤い絨毯を敷いたように真っ赤になっていた。

「綺麗だな。桜花はこれを見せたかったの?何だか、石段が赤くなって雛壇みたいだなぁ」

「……でしょ?」

 今度は少し小さく桜花が答えた。桜花も雛壇みたいだと思っていたようだ。

 あれ?でも雛壇だとすると、桜花がお雛様で僕がお内裏様だということになるのかな?あっ、だから今日じゃないと駄目だって桜花は言ったんだ。

 僕はチラッと横目で桜花の顔を見る。パチッと桜花と目があった。桜花も僕を見ていたらしい。桜花はフフッと笑うと、僕から視線をそらし、また前を向いてゆっくりと沈む夕日を見ていた。桜花の顔が赤いのはきっと夕日のせいだろう。僕は何だか照れくさくなって、桜花と同じ前を見ることができなかった。そのまま顔を反らした僕の目に、夕日に照らされた二人の影が見えた。


 長く伸びた二人の影は、僕達より先にその手を繋いでいた。




 了

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夕暮れに手をつなぐ ろくろわ @sakiyomiroku

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