私の人生はアイドルへ

邪牙

夢への扉

夏の終わりが近づくころ、桜井凛の住む田舎町は、今年も変わらぬ静けさに包まれていた。

田んぼの稲が風に揺れ、遠くの山々が夕焼けに染まる。学校と家を往復するだけの毎日。

「私の人生、このままずっと続くのかな……」

凛は時々、そんなことを考えるようになっていた。


けれど、そんな彼女の日常を大きく変える出来事が訪れる。


その日は、家族で都会へ買い物に行く日だった。凛にとって、都会へ行くのは年に数回の特別な楽しみだった。ビルが立ち並び、人々が忙しなく歩くその景色は、まるで別世界のように思える。


「せっかくだから、本屋さん寄ってもいい?」


買い物を終えた後、凛は両親にそう頼み、書店へと足を運んだ。並んでいる雑誌を何気なく手に取ったとき——目に飛び込んできた。


「全国アイドルオーディション開催!」


一瞬、心臓が大きく跳ねた。


——アイドル? 私が?


ページをめくると、キラキラと輝くアイドルたちの写真が並んでいた。彼女たちは笑顔でポーズを取り、ステージの上でまばゆい光を浴びている。


「私も……なれるのかな?」


夏祭りで見たあの光景が頭をよぎる。観客の歓声、ステージの上で堂々と歌い踊るアイドルたち。そのときの感動が、胸の奥から蘇る。


気づけば、指先が震えていた。


「……やってみたい」


衝動だった。けれど、その気持ちは確かだった。


雑誌の端に記された応募要項を食い入るように読む。締め切りまで、あと二週間。書類審査のあと、数回のオーディションを勝ち抜けば、アイドルとしてデビューできるかもしれない——そんな夢のようなことが、現実に目の前にある。


両親の許しは、多分、得られない。田舎で生まれ育った凛の家族は、堅実な生き方を大切にしていた。


「でも……チャンスがあるなら、逃したくない」


勇気を振り絞り、本屋の片隅でスマホを取り出し、オーディションの公式サイトを開く。応募フォームが表示されるのを確認すると、凛は小さく息を飲んだ。


——私の人生、変わるかもしれない。


指が、応募ボタンを押した。


それが、夢への第一歩だった。


──数日後。


ポストに届いた一通の封筒を開いた凛は、そこに書かれた言葉を見つめた。


「一次審査通過のお知らせ」


胸が高鳴る。


田舎町で過ごしてきた普通の少女が、未知の世界へ足を踏み入れようとしていた——。

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私の人生はアイドルへ 邪牙 @yoairshi2944

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