KAC20251 ひなまつり

小烏 つむぎ

ひなまつり

 あっ!


 私は思わず小さく声を上げた。何気なくスクロールしていたスマホの画面には桃の花の手拭いを背景にした木目込の雛人形が写っていた。


 まぁるい愛らしいかしら男雛おびなは青の濃淡で女雛めびなは赤の濃淡に金糸の刺繍が入った衣装。三人官女は揃いの桃色の衣装だ。


 本棚の上には摘んできたと思われる草花が飾られ、隣りに置かれた五体の雛人形の前には子ども用のプラスチックの小皿に雛あられと彩りの綺麗なゼリー菓子が乗せられている。


 いかにも「ひなまつり」といった光景だ。


 ピロン。小さな音ともに新しい写真が更新された。先程の雛人形をバックに雑然とした食卓で顔をピンクのハートでなかば隠された小さな女の子がショートケーキを抱えてニコニコと笑っている。


 3枚目の写真では、その女の子が女雛に「一緒に食べよう」と言わんばかりにスプーンですくったケーキを差し出していた。


 ◇ ◇ ◇


 あれは、あの雛人形は手のひらに乗るくらいの小さな木目込み人形だ。五年ほど前、もう飾ることもあるまいと人を介してとあるシングルマザーの家へ引き取られた我が家の雛人形。


 初孫が女の子だったので、手作りキットを買って家族で作ったのだ。その頃まだ元気だった義母が男雛を、娘の婿と夫と私が三人官女を、そして母となった娘が女雛を担当した。

 

 胴体にやすりをかけ糊を塗って美しい布を貼り、切り込まれた溝にキリで布の端を決め込む。強く押し込むと布の反対側が足りなくなって貼り直しだ。


 写真の女雛の左側の袖が少し引き攣っているのはそういう訳だ。女の子の陰で写ってはいないが、柄杓を持つ官女の袴も同じ理由で引き攣っているはずだ。


 義母以外は初めての事で、ああでもないこうでもないと騒がしく作ったことを覚えている。


 あれから何年もたち、孫娘は社会人となって海外に飛び出して行った。娘は雛人形はもう何年も飾っていないし、きっとこれからも飾らないだろうと言う。


 それを聞いた知り合いが、ある女性に譲ってはくれないかと声をかけてきたのだ。その時私はずいぶんと反対した。


 は私の家族の雛人形だ。孫娘を思って家族で作った。飾りもせずずっと箱にしまってあるにしても、人形のそこかしこに思い出がある。なぜ他人に譲らなくてはいけないのか、と。


 でも譲ると決めたのは娘と孫娘だった。


 写真を見て思った。娘たちの決断は正しかった。この写真の女の子はこんなにも嬉しそうにしている。うちでは何年も箱から出しもしなかったのに。


 花を飾られ雛あられを供えられ、ケーキを分けてもらえるほど大切にしてもらっている。うちでは何年もひなまつりなど、していなかったのに。


 ◇ ◇ ◇


 私はほうとため息をついた。


 そうだ、買い物に行こう。桃の花を買って、ちらし寿司を買って、それから可愛いピンク色のケーキを買おう。


 私は仏壇で笑っている白髪頭の夫の写真に話しかけた。


 ねぇ、おとうさん。

久しぶりにひなまつりでもしましょうか。


 

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