何かと騒がしいひなまつり【KAC2025】

空草 うつを

ひなまつり

 今日はひなまつり。高校二年生になるメイの家でも七段にも及ぶ雛壇に雛人形達が飾られていた。

 ひなまつり前夜のこと。寝静まった家で、雛壇から泣き声が聞こえてきた。


「ううっ、ぐすっ。うわぁぁぁぁぁん」


 泣き声の主は仕丁じちょうのひとり、泣き上戸。熊手を握って大粒の涙を流していた。


「なぁに泣いてやがる! ちっとは静かにしろ! 何時だと思ってんだ!」


 塵取りを持って赤い顔で怒っているのは、怒り上戸。大きな声で泣いている泣き上戸を注意する声も、なかなかの大声である。


「だってぇ、メイちゃんがネ◯フリで見てた映画のラストが悲しすぎてぇ」

「それ三日前のやつだろ!」

「思い出したら泣けてきてぇ、うわぁぁぁぁっ」

「うるせぇ! だまりやがれ! こちとらお前の泣き声を三日間も聞かされて頭がおかしくなりそうなんだ! この塵取りに溜まったゴミでその口を塞いでやる!」


 そんなふたりを見て、腹を抱えて笑っていたのは笑い上戸だった。


「ひぃーっはっはっはっ!」

「こぉら笑い上戸! お前はなんで笑ってやがる!」

「ひぃ、ひぃ、ひぃーっ!」


 笑い上戸は目の端に涙を浮かべ、手にしていた箒でべちべちと地面を叩いて笑い転げている。特に理由などない、笑い上戸は箸が転んでもおかしいと思えてしまうのだから仕方のないことだ。

 思い出し泣きをする泣き上戸とわけもなく笑い出す笑い上戸。間に挟まれた怒り上戸は頭を掻きむしった。


「あーくそっ、お前ら少し黙りやがれぇ!」



 そんな三人のカオスのようなやり取りを、上段にいる右大臣は呆れたように見ていた。


「あー今年も派手にやってますねぇ。止めた方がいいっすか?」


 左大臣に聞くと、左大臣は立派な髭をもごもごと動かして「放っておけ」とだけ言った。


「そうっすよね。不毛な争いに首つっこんでも面倒くさいだけっすからね」

「左様。彼ら自身の問題だ、彼らが自ら解決策を見出さねば意味がな……はっ、はっ、はぁーっくしょーい!」


 左大臣は豪快なくしゃみをした。


「大丈夫っすか?」

「案ずるでない。この時期はどうも……はっくしょい!」

「あー、花粉っすか。今年も多いらしいっすね。メイちゃんの父上がテレビで見て嘆いてましたよ」

「目も痒ければ鼻も出て、おまけにくしゃみは止まらん……おのれ花粉め、毎年のように儂を苦しめおって。我が怒りの矢をくらえぇぇぇっ!」


 左大臣は充血した目をくわっと見開くと、空気中に飛散する花粉目掛けて、矢を手当たり次第放ち出した。

 左大臣が放った矢は下段にいた仕丁たちの元へ降り注ぎ、泣き上戸は悲鳴をあげて笑い上戸は倒れ込むように笑い、怒り上戸は更に怒りのボルテージをあげた。


「こんの野郎! 何しやがる!」

「儂に向かってその態度はなんじゃ!」


 もはやこうなっては止めることはできない。右大臣は大きなため息をついて「めんどくせぇ」とぼやいた。



 下段の騒ぎをもろともせず、更に上段にいた五人囃子は揉めている様子だった。



「明日が本番なのに解散ってどういうことだ?」


 リーダー的存在の太鼓たいこが困惑した表情で他の四人を見た。


「音楽性の違い、ってやつだよ。僕はもともとヴィジュアル系が好きだったんだ。だからもっと派手なメイクしてかっこいい衣装を着てみたい」


 大鼓おおづつみが言った。


「僕はオルタナ系のバンドが好きで。そういう音楽をやってみたい」


 小鼓こづつみも勇気を振り絞るように言った。


「僕は断然クラシックだね」


 笛ははっきりと言い切った。


「ダンスもしながら歌を歌いたい!」


 うたいが覚えたてのダンスなのか両手をかくかく動かした。


「みんなの言う事は分かった。だけど、解散はあまりにも時期尚早なんじゃないかな」


 太鼓たいこは他の四人を諭すように声を発した。


「みんなが好きな音楽、それを全部合わせてみないか? 実は僕も、僕たちの音楽に飽きてきていたんだ。どこか新しいアイディアがないか探していて。みんなの好きな音楽を組み合わせれば、僕たちにしかできない演奏ができるんじゃないかって思うんだ」

「僕たちにしかできない、演奏か……」


 うたいはぼそりと呟くと、意を決したように頷いた。


太鼓たいこの言う通りだ! 誰にも真似できない僕たち五人にしか奏でられない曲をやろう」


 そうだね、やってやろう、などと互いの肩を抱き、円陣をくんだ。


「よっしゃ、行くぞ! 我ら五人囃子イズナンバーワン!」

「うおーっ!」



 話がまとまり熱い抱擁を交わし合う五人の上段では三人官女がしとやかに立っていた。


「あーこの長柄銚子、重いわー」


 三人官女のひとりが怠そうに持っていた長柄銚子を睨みつけた。


「あなたの柄、長いものね」


 銚子をもった官女が同情した。


「そういえば見た?」

「何を?」

「メイちゃんの彼氏」

「この間家に来てたあの子?」

「そうそう! イケメンじゃなかった?」

「イケメンだったー! 塩顔、とかいうのかしらね」

「付き合ってまだ日が経ってないのね。一緒に勉強中に手を繋ごうとしてる彼氏がね、チラチラと何回もメイちゃんを見ててね。見てるこっちはもうやきもきしちゃったわ。早く繋ぎなさいよーって!」

「うぶ〜!」


 両側のふたりの会話を遮るように、真ん中に座った官女が咳払いをした。


「ふたりとも」

「あっ、すみません」

「ごめんなさい、つい」


 ふたりは罰が悪そうにしていると、真ん中の官女は口を開いた。


「その話、詳しく聞かせてちょうだい?」



 三人官女がメイの彼氏の話で盛り上がっている中、最上段にいる男雛と女雛はまっすぐ前を見据えていた。


「あの」


 男雛が恐る恐る声をかけると、女雛はギロリと横目で睨みつけた。男雛からは、ひっ、というはりついた悲鳴が聞こえてくる。


「やっぱ怒ってる?」

「怒っていませんよ?」


 言葉の端々が尖っていて、怒ってんじゃん、と男雛は心の中で呟いた。ここはよく分からないが謝ってこの場を収めようとした。


「ごめんって」

「それは何に対して謝っているんです?」

「えっとぉ」

「悪いことをした自覚、あるんですね?」


 女雛のこめかみに血管が浮き出た、気がした。火に油を注いでしまった、と後悔した。実際、何が女雛を怒らせた原因なのかいまいち分かっていない。だから途方に暮れていたのだ。


「……あの、なんでそんなに機嫌が悪いのか、教えてくれませんかね……」


 そう訊ねると、女雛は明らかに不服そうなため息をついた。


「あなた、箱にしまわれていた時に防虫剤を私の顔に押し付けてきたでしょう?」

「え? あーあれは、君が虫に襲われないように君の方に寄せてあげたんだよ」

「わざわざ顔を塞ぐように、ですか?」

「だって、しまわれる時は顔を布で巻かれちゃうから周りが見えなくて」

「ものすごく、ものすごーく息苦しかったのですが」

「すみません」

「防虫剤の匂いのせいで夜も眠れなかったのですが」

「申し訳ありませんでした!」


 男雛は深々と頭をさげて謝った。女雛は腹はたてていたが、ふたりの関係に影響すると思い、これ以上男雛を責め立てることはしなかった。


「……悪気はなかったのでしょう?」

「もちろん、これっぽっちも」

「私に悪い虫がつかぬように、と」


 ぶんぶん、と激しく頷く男雛の、あまりの必死さに女雛は思わず吹き出してしまった。


「今日振る舞われるひなあられ、あれは私の大好物です。日頃、もっと食べたいなぁと思っていたのですが——」

「僕の分あげるよ! だから、その」

「今度、防虫剤を私の方に押しやる時は、ぜひ足元でお願いしますね」


 にっこり、と笑うと男雛は顔をぱあっと綻ばせて笑った。感情がすぐ顔に出る単純な人だが、そういうところが好きなのだと、女雛は思った。



 窓の外から雀の可愛らしい声がする。もうじき朝だ。部活の朝練で早く目が覚めたメイが、眠い目を目をこすりながら部屋を覗くと、雛人形達は静かに佇んでいた。



おわり

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