孤独な彼女は恋で支える話
時雨
第1話
私は
両親を失ってから一週間が経った。まだ鮮明な悲しみが胸に残っている。何週間、何ヶ月、何年が経っても、この気持ちは鮮明なまま薄れることはないだろう。
両親は交通事故で死亡した、私に報告されたのは病院からの死亡確認後だった。病院の医者から聞いた話では、両親は交通事故に巻き込まれ、衝撃で即死だった。
私を愛した両親は今この世にはもういなかった。あの時、その真実を受け止めようとしている。だけど、認めたくなかった。
前にもずっと部屋に籠もった、両親が生きていた頃には全く外に出たくなかった。正真正銘のニートだ、だが、あの時と違って、両親はもういない、私はもう、誰のために生きているのだろうか。ただ生きているだけ。誰からも愛されていない。
両親が亡くなった翌日に葬儀があった。
少数の人が参列していた。両親の会社関係の人や、親しい近所の人もいた。皆、両親のことを大切にしていたのだと思った。
葬儀中、両親の記憶が何度も蘇った。まるで映画の回想シーンのように、両親との思い出が次々と脳裏に浮かんだ。悲しみと懐かしさで、私の涙腺は緩み、頭を抱え、沈黙と
葬儀後に家へ戻った。
玄関を越えて、また同じ家を見えるように、でも、空気は両親がいた時に圧倒的に違う、見回すだけで気が滅入りそう。
目眩のような感覚に襲われた。壁を背もたれに、
少しずつしゃがみ込んだ私は、自分が何の状況にいるのか自覚していた。
そして、嗚咽混じりの悲鳴を上げた。誰にも聞こえないとわかっていてもその悲鳴を上げた。
まるで無限な空間にいるかのように、声は頭の中に強く響き、頭痛に襲われる。
聞こえそうなほど速い鼓動が耳障りだ。目眩のせいでしゃがみ込んでも体のバランスは徐々に崩れていった、壁に背もたれたまま横になり、そして倒れ込んだ。
失神、気絶、それらを当時まで経験したことがなかった私は、突然のことに襲われた。
あの日の翌日、目が醒めた時には意味もわからなかった、私は床でない、
ベッドの上に倒れ込んだ。
「夢か?まさか、いや、違う。現実感はまだ残っている。
夢じゃないはずだ。それに、体も痛む。」
寝室を軽く見回した、頭痛の名残のような感覚がある、目蓋が重い。
布団の隣に引き出しの上に頭痛薬のように薬箱の中にある、私はそれを買った覚えがない。
「…誰かそんなことを?」
誰か私を救ったのか?
薬箱の中で一個の錠剤をとった、喉に流し込んだ、そして時間を確認せずにまた眠りにつく。
もう一度目醒めた時に、葬儀以来二日が経っていました、
また部屋に引きこもった、それとも出る意味はまだ見つかっていない、矛盾ですけど、今はただ、最低な状況が、今の私には心地良い。
以前より一日を過ごすのが辛い。目眩のせいで、視界はまだ右往左往に動く。
眼球が重く、反射も鈍い。
ベッドの上から部屋を見渡すと、窓は閉め切ったままで、
床には缶などが散乱している。匂いもあまり良くない。
皿も溜まっていく。誰もいないので、普段は両親が片付けてくれていた。
掃除もしなければならない。
そう分かってはいるけれど、まだ認めたくない。
いつか両親がドアをノックして、缶や皿を片付けてくれるのではないかという、絶望的な期待を抱いている。錯覚でもいいから。
それを思った途端に電話だ突然鳴った。
「誰かな?、まさか…」
隣にあった携帯を手に取った、画面を確認した、
私が思った名前より、画面に写ったのは都内銀行の連絡だと気づいた。
えっ?!銀行から電話がかかってきたのはなぜ?
慌てて画面の緑ボタンを押す
「もしもし?」
「佐由理家でしょうか?」
私の名字をいった形式的な声が耳に刺さった。
「あー、そうです、佐由理奏です、何がいかがでしょうか?」
「こちらは〇〇銀行の△△と申します。佐由理様のご両親、佐由理〇〇様、佐由理□□様の住宅ローンについてご連絡いたしました。」
「住宅ローン…ですか?」
「はい。現在、ご両親の住宅ローンのお支払いが滞っておりまして、このままですと、三十日以内にご自宅を差し押さえさせていただくことになります。」
「差し押さえ…」
頭が真っ白になった。両親は、こんなことを私に隠していたんだ。今、両親との思い出が残る最後の場所まで失ってしまう。何をすればいいの?
携帯を慌てて汗ぴったりと震えた手から逃した、同時に「通話中」の画面は
赤になった。
もう終わり…
なぜ両親はそんなことを…
意味わかんないよ、
もう!
そして、暴かれた嘘は私を滅入らせた。
何をすればいいのか悩みすぎて頭が混乱した。
金なんて持てないし、もうどうにもならない…、この状況。
それを紛らわすために、食事を済ませるとすぐに眠りについた。
普通の日常なら、私は学校へ通い、家にいればレトルト食品を食べ、友達とネットで話し、ゲームをし、アニメを見ていた。
でも、今はそんな気分になれない。スマホのメッセージは全て無視した。
深い意味はないけれど、今の状況では友達に
迷惑をかけてしまうかもしれないので、会いたくなかった。
その日の夜は、疲れていたせいで早く眠ってしまった。
その夜、悪夢を見た。
想像することしかできない先週の事故を何度も繰り返した。
車が衝突する音と共に視界が赤に染まり、悲鳴を上げた
瞬間に騒ぎ声が隣から聞こえた。
夢でも間違いではない、両親の声、苦し紛れだった。
そして、まるで現実のように耳に爆音が響いた
目を覚めた。
寝る時にはまだ微かに光があった。
でも今は真っ黒な世界にいる。
額に手を当てると、冷や汗だらけで、服も同様に濡れている。
気が付くと、私の手も震えていた。
ベッドの隣にある引き出しからティッシュを取り出し、額を拭った。
悪夢は過去に何度も見たけれど、両親が現れる悪夢なんて想像もしていなかった。
ちょっと背筋が寒くなる。
引き出しに入っていた水のペットボトルを手に取り、
水を胃に流し込んだ。鼓動もかなり早い。
眠りにつく時間を待つ途中で、少しスマホを確認した。幼馴染からのメッセージが数件あった。
気分がまた悪くなりそうだったので遠慮し、ただ目を閉じた。
吐息をつき、呼吸を整理するようにそれを繰り返した。
数分後、睡魔が来た。
翌日、昼過ぎ頃に目が覚めた。
両親のいない家には、沈黙だけが満ちている。
部屋と台所の距離は、ほんの数歩。
でも、今は時間が止まってしまったかのように、
その短い距離を移動する私の足音が、家中に反響していた。
台所にたどり着いた後、私は冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出した。そして食品庫からレトルトカレーとご飯を取り出し、温めた。
食事を終えて部屋に戻り、パソコンを起動して、何をしようとしたのか。しかし、気分にならず、ただ画面を見つめ続けていた。
画面を見つめていても何も考えられない。
まるでゾンビのように、無意識にマウスを動かしていた。
退屈。無意味な生活は以前よりも圧迫感がある。
前までしていたことは、今では意味を失ったように。
甲斐がないように思える。
画面を見つめる間、夜の静寂を切り裂くように、
唐突にインターホンが鳴った。
ヘッドホンをしていても、部屋中に響き渡るように、はっきりと聞こえた。
デリバリーは頼んでいない。
こんな時間に、誰だろう。
パソコンの前から這い出すように玄関まで怠さでゆっくりと歩くと
インターホンを無視するように手が勝手にドアノブを回した。
そしてドアを開くと、見慣れた顔が玄関前にいた。
少し俯いていたので、私に気づくのが少し遅かった。(多分、私より背が低いせいだろう)気づくと、ぱっと笑顔を見せた。
「え?
話があるのか。それとも、遊びに誘いに来たのかも……。でも、こんな時間に遊びに、考えられないんだけど。
その人は
「 こんばんは奏ちゃん、夜遅くに突然来ちゃってごめんね、今日バイトがあったから、もう一度、調子見に来たっよ、そして少し話したいことがあるから、入ってもいい?」
話?なんなの、こんな深夜に。全然推測できない。そして、『もう一度』の言葉の意味をたどり着いた。ああ、歩美はあの時に、私を倒れた姿勢で看病してくれたのか?
彼女の瞳をじっと見つめている、本当に心配な目で私を見る。
ともかく、それ以上玄関に話さないほうがいい、近所迷惑はともかく外は寒いから、歩美ちゃんには酷いだろう。
「どうぞ、歩美さん入って。外は寒いでしょう?暖房は入れておいたよ」
「うん、そうだね、ありがと、じゃ、おじゃましま~す」
歩美さんはそう言うとすぐに靴を脱いだ。
靴を脱ぎながら、歩美さんは時折私を見るように、顔を少し上げた。
軽くに、玄関にある下駄箱に靴を置いて。
靴下で家に入り、私は軽く手で居間を指して『どうぞ座って』と促した。
そして台所に向かい、二人分の緑茶を注いだ。
居間に戻り、歩美さんに緑茶のカップを渡した。
歩美さんはソファに座っていたので、私はその隣に腰を下ろした。
「あの…歩美さん。心配をかけたくないんです。私はもう平気ですから。それで、話って、なんなんですか?」
私はもう大丈夫。歩美さんは私を看病してくれたおかげで、疲れているのかもしれない。でも、今は難しそうな顔をしている。
「おお、平気で良かったね、少し心配していたんだ、葬儀の時にずっと泣いてたんだから、そしてその後に連絡とかしてなかたから、そして…
まあ、ともかく、話ってのは、ちょっと気まずいんだけど、お互いに、奏ちゃんに言わなきゃいけないことがあるから…」
「気まずい?」
「奏ちゃんは、私が昔から両親がいないって知ってるよね?」
知ってる、紫織歩美は幼馴染の頃から両親がいなかった、理由は、事故で亡くなったからだ、それを自覚している今、初めて聞いたよりショックを受けた、ちょっと俯いた姿勢を取った、最近失った両親の悲しみが再び蘇った。歩美さんの顔を見ることが出来ない。多分、同じように沈んだ表情をしているのだろう。
「うん、知ってるけど…」
私は歩美さんの吐息を聞いた。そして、もう一つの音が聞こえる。これは鼓動の音。どくん、どくん。正直、私のか分からない。歩美さんのかもしれない。多分、二人の心音が重なりそうになる。
彼女は低く乾いた声で、早口で言葉を連ね始めた
「だから、奏、あなたの気持ちが全部わかるよ。でも、私と違って、あなたには私がいるから。友達でしょ?幼馴染でしょ? 私の時には誰もいなかったよ。すべてを一人で背負うことになったよ。私は奏を支えたいよ。私を襲った憂鬱は奏にも襲ってほしくないんだ。自分を許せないから、あなたにそんな負担を一人で抱えさせるのは。ひどいよ。私はそれ一番知っているよ?泣いている時も、暗い時も、全部一人で。ずるいよ、奏。お願い、奏のそばに居たいんだ、守りたいから。奏、お願いだから、一緒に暮らそうよ。一緒に生きよう。一緒に背負うよ、その憂鬱を。」
呆然として、何を返せばいいのか分からなかった。
もちろん、歩美さんに両親がいなかったことは知っていた。
でも、憂鬱だなんて初めて聞いた。
昔から歩美さんはいつも笑顔だったから、彼女が滅入るなんてことを想像したこと
もなかった。でも、今は彼女の顔を見ている。
瞳が潤んでいた。
頭を抱えていた。初めて見た、歩美さんの涙が、時おり私の家の床に、そしてまた彼女の膝に落ちた。
一滴一滴、雨垂れのような。
それは間違いない、この気持ちの真実性を示すことだった。
歪んでも、伝わっていた。
胸を刺すように、名前不明な感情が今私の胸の中に沸騰している。
そしてその気持ちは私を受け取った。
彼女をそんなに見ているのは私も動揺してしまった。
一週間前のことを思い出したせいでも、彼女の現状を見ているせいでも、私の瞳はもう涙で溢れている。躊躇わずに私は歩美さんの顔に手を伸ばす。
抱えていた頭を支えるように、上がった顔を潤んだ目で私を見つめていた。
今は手を頬に移動して、そしてそっと歩美さんの涙を指先で拭う。
頬を流れる一滴一滴を指先で掬い取ろうとする。
歩美さんは私の空いた手に自分の手を重ねて、そして私は彼女の手に応じるように、その手を握った。
「……歩美さん、もう泣かないで、もう一緒に居るよ、大丈夫、お互いを支えよう」
「
私は歩美さんの耳元に近づいて、そして応えるように、囁いた。
「紫織…」
紫織歩美、彼女は幼馴染だが、今日、名前で呼ぶのは初めてだ。
少し緊張を覚えるけれど、慣れないからこそ鮮明な感覚。
「…じゃ、佐由理、私の家でいい?」
「なにを?」
歩美さんは顔を近づける、私がしたことをなぞるように、
「一緒に…暮らしたいんだ」
と、今度、彼女は私の耳元で呟いた。
『一緒に』そして『暮らしたい』というのは、願いのような震えた声で、
遺言をついた歩美さん、家と銀行の事情知らないはずな歩美さんはそんなことを
言った。
私は…
「いいよ、一緒にね?」
本意で答えた。私は歩美さんと暮らしたい。この場所から逃げたいから。
銀行の事情もあったけど、いなかったら多分、結果は同じかもしれない。
この家はもう、私にとって意味がない、両親いないから。
多分彼女がそんな提案をしたのは、そんな経験があったからだろう。
そして、抱き合った。
彼女の息が私の耳元に響いた。
距離が縮まったから、同一人物になったかのように。
そのままで私と歩美さんは数分間、時が止まったように過ごした。
涙は二人の瞳から溢れ出し、まるで流水のように流れ続けた。
居間にある暖房器具を加えたようにお互いの体の温度
が混じり合った、高まった。
接触してる体はすべてを共有するように思える、
呼吸、鼓動、温度、涙、汗、悲しみ、嬉しさ、憂鬱。
名前不明な感情は今、私の中に再び沸騰中、歩美さんにもそうかもしれない、
鼓動ははっきりと聞こえた。
名前不明な感情は今、私の中に再び沸騰中。
歩美さんにも同じ感情が沸き起こっているのかもしれない。
体を少し離すと彼女との目があった。
年上だけれど、歩美さんは私より背が低いから。
彼女が私を見ている今は、仰ぐと揺れた瞳で私をじっと見つめている。
純粋な顔で見上げる歩美さん。
可愛い。
私を覆っていた灰色の世界は、今、青のすみかへと変わっていく。
お互いを支えようとする二人はお互いの傷を癒やすために、
憂鬱を免れるために
共依存で。
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