第4話 具志堅さんが、いない その1

いつものように、6時に目覚まし時計が鳴りました。


昨日、宮城君と話をした後から、

(お母さんは、良くなる)

と、自信が出てきました。

(明日の土曜日には、麦ちゃんが来てくれる。)


髪の毛を、ブラッシングをしながら梳かし、ゆっくり鏡の前で、自分自身を見ていました。

(あれ、髪を梳かすのは、いつ以来かな?)

私の髪質は、ストレートですが、すぐに枝毛が出るので、


「沙苗の髪は、柔らかいから、やさしく丁寧に髪を梳くんだよ。」

といいながら、お母さんがよくブラッシングをしてくれていました。


久しぶりに、ブラッシングをしたので、ブラシの歯に髪の毛がひっかかって、毛が抜けてしまっていました。


昨日、スチームアイロンをかけた制服をハンガーから取って、着替えました。


いつものように、お母さんの様子を確認するために、お母さんの部屋のドアノブをゆっくりまわして、ドアを開きました。


お母さんは、静かに寝ていました。

ただ、部屋は、燃えているような異常な暑さになっていました。


実際に、私には、部屋中に炎が広がっているように、見えました。

私は、設定温度が変更されているかと思い、ベッドの傍の小さなテーブルに置いてある、エアコンのリモコンに手を伸ばしました。


急に力強い手で、腕を掴まれました。

お母さんでした。

先ほどまで寝ていたお母さんが、私を憎んでいるかのような真っ赤な目で、睨んでいました。


「お母さん、どうしたの?」

と尋ねると、

「助けて、熱い。」

と言って、更に、強く私の腕を掴んで、離そうとしません。


温度を確認すると、いつもの20度に温度は設定されていました。

でも、お母さんは、かなり汗をかいていました。


「お母さん、汗を拭きたいから、タオルをとっていい。」

「手を放してくれない。どうしよう。」

と言いながら、私は、ゆっくりお母さんの指を親指から、一つずつ開いていきました。


お母さんは、手を放してからも、

「熱い、助けて。」

と言っていました。


私は、汗をタオルで拭くことにしました。お母さんのパジャマを脱がせると、背中の首から腰にかけて、棒で殴ったような太い赤い線の火傷ができていました。


今までこんなことはなかったのに。

(どうしよう。どうにかしなきゃ。)

私は、慌てて、一階に降りて、冷蔵庫から氷を取り出して、洗面器にいれて、そして薬箱から軟膏を取り出しました。


体は更に熱が籠ってきました。

お母さんは、口を開けて、

「熱い、熱い。」

と言います。

私は、涙が出てきました。

(お母さん、すごく苦しそう。お母さんを助けて…。)


私は、お母さんの体の汗を拭いてから、ビニール袋に氷をいれて、体を冷やしていきました。


これほど、苦しんでいるお母さんを見るのは、初めてでした。


私は、お母さんをうつぶせにして、背中の火傷に軟膏を塗っていきました。

ふと気づくと、お母さんの息が落ち着いていました。

(良かった…。)


私は、お母さんにパジャマを着させて、ベッドの傍から立ち上がって、離れようとしました。


突然、またお母さんの手が伸びて、私の右の手首を強く握って、離そうとしません。

腕時計を見ると、すでに、十時になっていました。


(私が、頑張らなきゃいけないよね。)


「お母さん、安心して、今日はずっといるよ。」

私は、学校に行くのを止めました。


お母さんのベッドに座って、お母さんを見ていると、引っ越して間もないときのことを思い出しました。


引っ越しをして、次の日、お母さんとお姉ちゃんといっしょに買い物から帰ってきて、家の玄関のカギを開けていると、隣のおばあさんが、

「この家に引っ越してきたのね。勇気あるね。この家には、幽霊がいるのに。」

と、塀越しに声をかけてきました。


 「何、あのおばあさん、気持ち悪い。」

と、お姉ちゃんがいいました。

 

お母さんが、

 「聞いた話だと、かなり痴呆が進んでいるみたいだから、気にしないでいいからね。」

と、困った顔で言いました。

 

私は、そのおばあさんの言葉が、気にかかっていました。


その夜、夕食のときに、お父さんにその話を私がすると、お姉ちゃんから、

 「気持ち悪いから止めて。」

と言われました。確かに、夕食の時に話すことではないと思いました。

 

お母さんは、

 「沙苗は、昔から霊には、繊細だからね。でも、あのおばあさん、老人ボケという話だからね、気にしなくていいからね。」

と、微笑みながら、私を言い聞かせました。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆

俺は、今日も、登校途中の交差点で、思わず周りを確認してしまった。

工藤たちはいなかった。


ゆっくりと教室に、入る。

具志堅さんの席を見たが、具志堅さんはまだ来ていないようだ。


机の上を見た。

(え、張り紙がない。)


工藤は、目があった瞬間、目をそらした。


(もう、大丈夫だ、いじめはない。)

安心した。


結局、具志堅さんは、学校に来なかった。

俺は、夜にコネクトで連絡をすることにした。

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