ドゥイノの悲歌

疋田ブン

はじめに

ちょっと、ごめんなさい。面倒な前置きをいくつか書かせください。いいわけも含みます。


『真理など目には見えない。その上分かりにくい。そんなやっかいな真理を、どんなに巧みな言葉で説明しても、的確に伝えることは出来ない。むしろ曖昧な比喩やビジュアルを使った方が、ピンと気づかせることが出来る』と、昔から言われています。確かに、そうかもしれません。

さて、リルケの詩は、含みでいっぱいです。リルケは美しい含みで真理を詠おうとします。それに、その含みを楽しんでもらおうと、相当の配慮もしています。そもそも含みはボヤッとしています。ボヤッとしたものは、時々刻々と変化する人間に、常に新鮮な気づきの悦びを与えてくれます。含みこそ、リルケの詩にふさわしい手法です。ただこの手法には、ボヤッとした含みにピンとくる勘が重要になります。勘はやっかいなもので、後天的に育むものより先天的なもののほうが、やはり鋭いのです。つまり、リルケの詩の理解は、宿命と言うものに支配されているのかもしれません。分かる人だけ分かればいい。そう切り捨てられる。それは嫌なことではないですか? ボクも切り捨てられそうになりました。そこで何度も何度も読み込んでみました。読み込んで見えてきた事を、出来るだけ分かりやすい言葉で、表現してみたくなりました。含みに抵抗したわけです。表現するのに、どうしてもオリジナルにはない言葉や文章を付け加えなければならない場面がありました。細かく語り過ぎもしました。当然、リルケの詩は汚れました。これはボクの本意ではありませんでした。いけないと思いました。もう一度、もう一度と手直しを繰り返しました。その手直しの限界ぎりぎりで表現したのが、この『ドゥイノの悲歌』です。


リルケが駆使した含みについて、くどいほどに解説を入れようと思っていました。この悲歌はこれこれ意味がある、とか、あの悲歌はしかじかの意味を持つ、などです。ただ、その解説が正しいものなのか、自信はありませんでした。そもそも含みで表したい真意などは、その含みを文章にする本人にも、明確には分かっていないのではないかと思うのです。つまりリルケも、ボヤッとする啓示のようなものを、とにかく美しい含みある言葉で表現しただけではないか、とそういうふうに思うのです。いや、ひょっとすると美しい表現を書いて、それにうっとりしていただけ……。それも否定は出来ないと思うのです。


リルケの時代には、史上初めての大掛かりな戦争があって、科学技術がびっくりするほど発達しました。そのちょっと前の時代は、教会と農業と手工業が社会を動かしていました。その頃の人々は、大真面目で神様を信じていました。ところが、大戦争と科学技術は、神様の存在に『?』を投げかけました。感じやすい人々は、神様に変わる何かを求めようとしました。突き詰めていった先に、孤独がありました。いかにも現代人らしいです。彼らは考えました。孤独ゆえに、何をなさなければならないのか? そもそも孤独とは何か? 真剣でした。リルケは、そんな人のひとりだと思います。


『ドゥイノの悲歌』には、よく『天使』が登場します。この『天使』は、神様と人間との間を行き来する、あの『天使』ではないようです。どうも、『絶対』と人間の間を取り持っている存在、あるいは『絶対』そのものようです。では『絶対』とは何なのでしょうか? カント風に言うならば、『人間の理知を越えた、と言いながらその人間が想像した、非常に崇高で完璧な宇宙(自然)の摂理』だと思います。その摂理とは、本物の『真』『善』『美』です。リルケは、『ドゥイノの悲歌』で、この『真』『善』『美』を、手を変え品を変えて詠っています。


5 最後に

『悲歌(エレゲイアー・エレジー)』は、六韻律と五韻律の長短の行が一対になって繰り返されます。『ドゥイノの悲歌』はそのルールとはちょっと違い、語調の強弱と、ドイツ語の音楽的響きを重視して書かれています。これをそのまま日本語で表現する事は、不可能なのです。また、そのリズムと響きにとらわれ過ぎると、詩の意味が分からなくなってしまいます。申し訳ないのですが、そこはズバッと無視しました。

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