29.奴隷とわたし

 ひとしきりの説教が終わったあとで、わたしたちは夕食をとることになった。

 3つのお皿と3セットのカトラリー。なんだか不思議。いつもとちょっと違うだけで、ワクワクする。

 いつもより少し多めに作ったシチューは、余っていた野菜で作ったから、スープでかさまししてある。パンはたくさんあるから、こっちでお腹をふくらましてもらいたい。あとはベリーがあったので、ヨーグルトのベリー添えだ。なんか全体的にどろどろ系の夕食だ。


 横目でみる57番は、最初よりだいぶ動きがまともになってきたようだ。のろのろから緩やかな動きにレベルアップしている感じだ。

 わたしは時折、彼の瞳を追うのに必死で食事の手がとまってしまい、食べ終えるのは一番遅かった。


「じゃあ、風呂に入ってくるからな」

 返事をしないわたしと頷く57番。おじいちゃんしか喋らない家。けっこう気味が悪い。

 おじいちゃんが、お風呂でお湯を使う音が聞こえてきたのを確認して、わたしは彼に向き直る。


「ねえ、名前、思いつかないから元の名前にしない?」

 そういえば、彼は困ったように下を向いた。


「元の名前が嫌なの?」

 じっと彼の左目を見つめれば、気まずそうに視線をずらされる。


「奴隷は……名前を奪われるところからはじまる。主人のつけた名前を名乗るのが準則です」

 苦しそうな顔をしながらそう話す。準則ってなによ。そういう決まりってこと?やっと喋ってくれたと思えばなんだかモヤっとする発言だ。


「そんなに奴隷でいることに誇りでも感じているの?」

「そんなわけ……」

 彼が膝の上の拳に力を入れたのがわかった。

「じゃあ、名前教えてよ。それとも同じ名前で生きていきたくないとか理由があるなら、ちゃんとそう言って」


 言ってしまった。はっきり意見を言わない人が同じ家にいるのが嫌だ。ミラもはっきりとした性格だったので、自分の意見を言わないなんて嘘をつかれている感じがする。それともわたしへの反抗心だろうか。おじいちゃんにはわざと皮肉をいって自分の意見を言わないことはある。

 むすっとした表情でもしていただろうか、57番は諦めたように呟いた。


「レイル。私のことはレイルとお呼びいただけますでしょうか」

「レイル……!しっくりくるね。レイル、よろしくね」


 彼の顔をみて名を呼べば、まさにレイル、という顔立ちをしている気がする。それに、自分で考える手間が減ったことも喜ばしい。

 そのあとわたしのことはツィエンと呼べと言ったら、旦那様に確認させてほしいと懇願してきた。どうやらわたしのことはお嬢様と呼ぶ気だったらしい。それでは落ち着かないし、なんか、上下関係があるみたいで好きじゃない。


 しばらくして、おじいちゃんがお風呂から戻ってくるので、名前の件だけは報告しておいた。


 そしてわたしたちは、いつもよりちょっぴり早く就寝することになった。

 左からわたし、レイル、おじいちゃんの並びだ。2人して真ん中はわたしが寝るべきだと言ってきたので、おじいちゃんの横に寝るくらいなら床に寝ると主張したら2人とも黙った。

 久しぶりに人肌が近くに感じられて、とても暖かかった。その暖かさに安心したのか、わたしは案外すぐに寝てしまった。



 夜が明けて、窓からの光に瞼をゆっくり持ち上げれば、隣にはレイルがいて、わたしは彼を買ったのか、となんだか変な感覚に襲われる。嬉しいようでなんだか、せつなくもある。その奥にあるはずのおじいちゃんの姿はない。朝ごはんと店の準備を始めている頃だろうか。


「おはようございます」

「わっ起きていたのか。びっくりした」


 昨日ののろのろした動作ではなく、まるで機械のように勢いよくグイっと身体を起こすので、寝起きの心臓がぎゅっとした。


「起きても勝手に部屋を出ることができませんので、ツィエン様が起きるのを待っておりました」

「ねえ~……なにその気持ち悪いの。お願いだから起きたらトイレ行っていいし、喉乾いたら水飲んでいいんだけど……」


 まさかのレイルの発言に思わず包み隠さない本音がボロボロと出てくる。奴隷ってそんなに自由がないのか。もし一般論がそうだとしても、わたしはそんな関係性望んでいない。


「わたしは仕事のパートナーが欲しくて貴方を買ったことになってるけど……」


 なってるけど。そのあとの言葉が出てこない。

 別にそういうつもりじゃないから、気楽に自由に過ごしてほしい。それが本音だったが、そのまま伝えては、自分の性格の悪さが露呈する気がした。


 はじめは、自分が奴隷の出だと聞き、奴隷はどんな風に売られているのか、自分が辿ってきたかもしれない世界を見てみたかった。それが理由だったはずなのに、彼を見て、どこか自分を重ねてしまった。

 需要がない魔石しか削れず、記憶にないほど幼いころに売られたかもしれないわたし。

 片目がなくて、価値が下げられ、まだ若いにも関わらず、老人と同じ牢で買い手を待つレイル。

 どちらも『いらない人間』のレッテルを張られているように思えた。


 おんなじだと思った。同情した。この苦しみを、この奴隷ならわかってくれるかもしれないと期待した。

 そして、奴隷がほしいと言った時の、おじいちゃんの反応が見たかった。お前は、わたしをこうやって買ったのだろうと鎌をかけて、真実に踏み込みたかった。


 レイルを前にして本音を伝えたら、自分の性格の悪さが明るみに出て、距離を置かれてしまいそうで怖い。でも、レイルに話さないのは卑怯な気がした。

 ずっとこの事実を隠すわけではない、ただ、今ではない。きっとそうだ。話せるタイミングがいつかくるはず。そう言い聞かせたわたしは、にこりと笑って表面的な言葉で取り繕う。


「瞳が……心がきれいだと思ったから気に入ったんだ。もっと普通に接してよ」


 決して嘘ではない言葉のはずなのに、どうしてか、心がチクリとした気がした。



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